著者:
Tom Gurney は美術史を20年以上研究しています。英国サルフォード大学 BSc (Hons)。
日本語版 最終更新:2026年9月24日
メール:tomgurney1@gmail.com / 電話:+44 7429 011000

富士を見つけるまでの時間が、頁ごとに変わる。三編の絵本を、九つの見開きと四つの細部から読みます。

北斎『富嶽百景』初編、霧中の不二の見開き
葛飾北斎『富嶽百景』初編「霧中の不二」。メトロポリタン美術館、2013.732a–c。現存本の見開き。 所蔵記録 [9]。

『富嶽百景』を三編の絵本で読む

北斎の『富嶽百景』は、富士を題材にした三編の絵本である。「百景」と名乗るが、作品として数えられる図は一〇二図。すみだ北斎美術館がこの数を示している。海の向こう、霧の中、窓の奥、橋や網の向こう。山の輪郭が変わらなくても、手前に置くもの、見る人の位置、紙面の開き方で風景は変わる。すみだ北斎美術館 [3]

『冨嶽三十六景』の一枚ずつの多色摺りとは、見るための物体が違う。本作は綴じた本であり、読者は頁をめくる。墨の線と濃淡が、見開きの折り目を越えて山と人の距離をつくる。国立国会図書館によれば初編は天保五年(一八三四)三月、二編は翌年に刊行された。三編の刊年には確定した答えがない。国立国会図書館イメージバンク [1] 国立国会図書館書誌 [2]

ここで見る九つの見開きは、メトロポリタン美術館にある三編一組の現存本から採った。書物全体の一〇二図を九枚で代表させるのではなく、各編で北斎がどのように視界を組み立てたかを、実際の頁を見ながら考える。美術館がこの一組に与えるおおよその年代は、初編の初刊年を置き換えるものではない。メトロポリタン美術館 [9]

要点

項目 内容
作者 葛飾北斎(一七六〇〜一八四九)
形態 木版で刷った三編の絵本。主に墨と灰色の濃淡
初編 一八三四年三月に刊行。現存する個別の本の摺りの時期とは区別する
二編 一八三五年に刊行
三編 刊年未詳。研究機関の推定が分かれる
図の数 一〇二図。「百」は厳密な図数ではない
このページの図版 メトロポリタン美術館の見開き九点と、後世の写真一点

絵本を読むための三つの入口

拡大して読む:霧中の不二

四つの番号から、山、人物、道、見開きの折り目を確かめてください。細部画像を押すと拡大します。

霧中の不二の見開きに四つの説明位置を記した画像1234

霧中の不二、四つの細部

拡大画像は、保存したメトロポリタン美術館の約4,000ピクセルの原画像から、300dpiの作業用原版を作って切り出したものです。

1

霧の中の富士

淡い灰色が山の一部を隠す。手前の稜線を見てから山の輪郭に気づく。

霧中の不二の細部1:霧の中の富士
2

稜線の旅人

右上の小さな人物が急な道を実感させる。遠い山の柔らかな形と対照的だ。

霧中の不二の細部2:稜線の旅人
3

登る道

異なる高さの人物と道を追うと、視線が右頁から山のある左頁へ動く。

霧中の不二の細部3:登る道
4

中央の折り目

綴じ目で線は途切れるが、左右の頁は一つの見開きとして働く。

霧中の不二の細部4:中央の折り目

葛飾北斎『富嶽百景』初編「霧中の不二」。メトロポリタン美術館、2013.732a–c。細部は見開き全体からの切り抜き。原画像とCC0の条件は参考資料 [9]・[10]。

下の切り替えで各編から三つの見開きを見る。美術館のデジタル画像は本の状態を記録したものだが、ファイル数がそのまま図の数にはならない。一つの見開きに二つの図が並ぶこともあれば、一つの図が中央の折り目を越えることもある。表紙、序文、奥付もデジタル化の対象となる。ここでいう「一〇二図」は、読者が画面で開けるファイルの数ではなく、作品に含まれる図の数である。すみだ北斎美術館 [3] メトロポリタン美術館 [9]

日本の版本では、右側の頁から読み進める。西洋の画集のように左から右へ一枚のパノラマを眺めるだけでは、最初に現れるものと後から見つかるものの関係を取り逃す。『霧中の不二』では人の通る道と霞む山が向かい合う。現物の折り目を含めて見ると、遠景を切り抜いた画像とは違う速度で富士に出会う。メトロポリタン美術館の画像も、この見開きの単位を保っている。メトロポリタン美術館 [9]

『冨嶽三十六景』との違い

先行する『冨嶽三十六景』は、追加十図を含む四十六図の多色摺り版画である。『神奈川沖浪裏』のような横長の一枚は、それだけで完結した図柄として見ることができる。『富嶽百景』では頁をめくる順番、左右の頁の組み合わせ、墨の濃淡が主役になる。同じ富士をめぐる二つの企画を、「三十六」と「百」という数字だけで比べることはできない。すみだ北斎美術館 [3] 大英博物館 [4]

色彩が少ないから表現が単純、というわけでもない。濃い線は手前の木、道具、橋の存在を強め、淡い灰色は水、空気、遠くの山を残す。視線を遮る網や窓枠は、富士を隠すと同時に、そこへ視線を導く装置となる。『神奈川沖浪裏』では波と小舟が山を小さく見せるが、本では霧や紙面の余白が似た距離感を別の手段でつくる。『海上の不二』に波があるからといって、あの錦絵の別の摺りや同じ版木の続編になるわけではない。

三編はいつ刊行されたか

初編と二編については、国立国会図書館がそれぞれ一八三四年三月と一八三五年を明示する。同館の書誌は、確認される初編の奥付に西村祐蔵ら複数の版元がいることも伝える。大英博物館の完本記録にも西村屋与八や永楽屋東四郎らの名が挙がる。これは画家だけでなく、版元、彫り師、摺り師、製本に関わる人びとの協業によって読者へ届いた商品だった。国立国会図書館イメージバンク [1] 国立国会図書館書誌 [2] 大英博物館 [4]

三編の出版年は一致しない。国立国会図書館は「刊年未詳」とし、ヴィクトリア国立美術館は一八三九年頃、大英博物館は疑問符つきで一八四九年頃を示す。太田記念美術館の展示作品リストでは三編に属する一部の図を一八三六年頃としている。これらを確定した連続年表に並べることはできない。三編の初刊は未確定である、と記すのが現在の資料に合う。国立国会図書館書誌 [2] ヴィクトリア国立美術館 [6] 大英博物館 [4] 太田記念美術館 [7]

さらに、ある編の初刊年と、いま残る一冊が摺られた年は別である。メトロポリタン美術館はここで使う三編一組を「一八四九年頃」と登録するが、それを初編の最初の刊行日と読んではいけない。国立国会図書館の別の三編一組では、黄色い表紙を持つ初編を後摺りと説明している。表紙の色や版元の記載は現存本を見分ける手がかりになり、どの所蔵本について述べているかを確かめる必要がある。メトロポリタン美術館 [9] 国立国会図書館書誌 [2]

初編――神の山と、霧のなかの山

初編のはじめに木花咲耶姫が現れる。大英博物館は富士に結びつく神としてこの姿を説明し、鏡や榊の枝にも言及する。出発点に神話的な山を置いた後、頁には道を行く人や生活の作業も現れる。山を信仰の対象として見ることと、日々の風景の中に見つけることは、この本では切り離されない。ただし、一つの神の図から全図の意味を宗教的に決めることもできない。大英博物館・初編 [5]

『霧中の不二』では近くの道と人物が先に目に入り、富士は薄い灰色の間から現れる。山を最初からくっきり描くのでなく、見る人がそこへ至る時間を紙面に与える。人の歩く稜線と遠い山の柔らかな輪郭を比べると、墨一色に近い印刷でも近景と遠景を分けられることが分かる。ここで掲載するメトロポリタン美術館の見開きは折り目を残すので、左右の頁をまたぐ道筋も追える。メトロポリタン美術館 [9]

もう一つの初編の見開きでは、風を受ける人や建物が小さく描かれる。風の力は、折れた姿勢や傾く線から読める。奥の富士を大きくしなくても、前景の動きとの対照で山は見える。この所蔵画像の細かな題字を別の機関の記録で照合していないため、図版説明では確証のない日本語題を加えず、見える内容を記す。

北斎が初編末尾に寄せた跋文は、晩年の制作を考えるうえで重要である。すみだ北斎美術館は、若い頃から絵を描き、さらに高齢まで上達したいという北斎の言葉を紹介している。これは制作年を図ごとに割り振る物差しというより、老いても観察と技量を深めようとする作者の姿勢を記した文章として読むべきだろう。すみだ北斎美術館 [8]

二編――海、仕事、窓

二編の一つの見開きでは、井戸の装置が手前にあり、その向こうに富士が見える。山をただの背景と見てしまうと、道具と作業を通して景色を知る構図を見落とす。誰が、どんな作業の途中で山を見るのか。北斎は前景をその答えとして使う。掲載画像の小さな題字は独立した所蔵記録で照合していないため、ここでは装置を説明的に呼ぶ。メトロポリタン美術館 [9]

『海上の不二』では、波の力と遠くの富士が向かい合う。『神奈川沖浪裏』との比較は有効だが、一方は多色摺りの一枚、もう一方は墨と灰色を主とする本の見開きである。同じ版木から摺られた図ではない。手前の不安定な水と、奥の動かない山との距離を、媒体を変えて試しているところに面白さがある。海上の位置を一か所に断定する資料もこの掲載画像からは得られない。大英博物館 [4]

『窓中の不二』は、「見るための枠」をそのまま描く。近くの円い窓が先に目を引き、そこから小さな山が見つかる。邪魔になるはずの建物が、視界を整える道具となる。メトロポリタン美術館の見開きでは別の図も隣にあるため、画像全体を『窓中の不二』一図だけとして数えない。頁を隔てて現れる図の関係も、版本を見る楽しみの一部である。メトロポリタン美術館 [9]

三編――網と橋の向こう

三編の見開きには、蜘蛛の巣が近景に広がり、遠い山がその細かな線の先に見えるものがある。手前の小さな生き物の仕事と、遠い巨大な地形を同じ頁に置く発想だ。別の図では橋が山の前に入り、場所を通る人の構造物が視界を横切る。ここで使う画像の細かな題字を独立した記録と照合できないものには、正式題としてではなく、何が見えるかを示す説明を使う。メトロポリタン美術館 [9]

『橋下の不二』と『網裏の不二』の題は、太田記念美術館の日本語の作品リストに確認できる。橋は人の移動のための固定されたもの、漁網は仕事のために張るものだ。どちらも富士を眺める枠となるが、それを使う人にとっては日常の道具でもある。山を見せる工夫だけを抽出して人物の営みを消すと、この本が持つ人間の尺度を失う。太田記念美術館 [7]

掲載する最後の見開きは、低い建物と地面の向こうに山がある。波や蜘蛛の巣ほど劇的な仕掛けはない。強い構図と静かな構図が入れ替わることで、長い絵本に呼吸が生まれる。ただし、この見開きの正式な日本語題も未照合なので、書誌にある題を推測して付けない。

すみだ北斎美術館は三編の末尾に「一筆の不二」があると紹介する。複雑な枠を通して見せてきた山を、少ない線へ収める終わり方として興味深い。この頁に載せる九点には、その末尾の葉は含まれない。別の見開きを「一筆の不二」と呼んで紹介することはしない。すみだ北斎美術館 [3]

墨と灰色で距離をつくる

『富嶽百景』の色数の少なさは、北斎が試せることを減らしていない。濃い輪郭と淡い面を使い分け、手前の作業や道具をはっきり示し、遠景を空気の中へ送る。『霧中の不二』では淡い層が山の姿を遅れて見せる。『海上の不二』では線の勢いが動く水を示す。窓、橋、網では黒い輪郭が、見る者の立つ場所を形づくる。印刷された灰色が各現存本で同じように残っているとは限らないので、画面上の一枚だけから全ての摺りを論じない。大英博物館 [4]

こうした構図は現地の地図に従って並ぶ旅行案内ではない。富士が実在することと、どの見開きも一地点の正確な見取り図であることは別である。山の位置や大きさは、手前の人や道具によって読み直される。読者は「どこか」を探すと同時に、「どのように見せられているか」を考えられる。土地の名が分かる図でも、版本がつくる視線の順番に注意したい。

後の時代の写真と比べる

アムステルダム国立美術館にある田子の浦からの富士の画像は、小川一真の名を伴う、一八八三〜一八九三年頃の写真に基づくコロタイプである。川、水上の小舟、樹木、その先の霞む山が見える。『富嶽百景』の初編から半世紀ほど後の資料なので、北斎の時代の写真として扱わない。ここに置く理由は、水越しに富士を見る後世の一例を示すためである。『海上の不二』の正確な撮影地点や構図の再現であるとも主張しない。アムステルダム国立美術館 [11]

田子の浦から水路と小舟の先に見える富士。明治期の写真に基づくコロタイプ
小川一真の名を伴う《田子の浦からの富士》、一八八三〜一八九三年頃。写真に基づくコロタイプ。アムステルダム国立美術館、RP-F-2001-7-589-2。本の頁から写真部分を切り抜き、元画像を保存。所蔵記録とパブリックドメインの表示 [11]。北斎の図と同じ位置を撮った写真とは確認されていない。

版画と写真を見比べると、富士という同じ地形の前に、見る人を置く要素が変わることが分かる。北斎の頁では網や橋や大きな波が視線を組み立てる。後の写真では川筋と船が奥へ導く。しかし、共通する山が見えるだけで二つの視点を同一にできるわけではない。年代、技法、撮影の場所を明示して比べることで、昔の写真は絵を証明する挿絵ではなく、別の時代の視覚資料として役立つ。

なぜ今、この本を見るのか

『富嶽百景』は「名画を一枚探す」ためだけの作品ではない。三編を通して、山が大きく見える時と小さく見える時、神話と労働、海と建物、霧と輪郭を行き来できる。頁をめくるたびに、富士を見つけるまでの時間が変わる。初編・二編の刊年は確かめられ、三編は未詳である。その不確かさも、書物の版、表紙、奥付、所蔵本を注意深く見る理由になる。国立国会図書館イメージバンク [1] 国立国会図書館書誌 [2]

ここにあるメトロポリタン美術館の九見開きは、巨大な作品の入口にすぎない。それでも、山がどこに現れるかを自分の目で追い、左右の頁、折り目、濃淡、視線をさえぎるものを見比べることはできる。最初に富士を見つけた場所と、二度目に開いた時に先に目が向かう場所が違えば、北斎の仕掛けが働いている。その発見を、三編の切り替えと拡大できる細部から始めてほしい。

よくある質問

別の作品である。前者は追加十図を含む四十六図の多色摺り版画、こちらは三編からなる墨と灰色を主とする絵本で、一〇二図を含む。すみだ北斎美術館 [3]

すみだ北斎美術館は一〇二図とする。「百景」という題を、表紙や序文まで足して百になるという意味に取らない。すみだ北斎美術館 [3]

確定していない。国立国会図書館は刊年未詳と記し、大英博物館やヴィクトリア国立美術館には異なる推定がある。国立国会図書館書誌 [2] 大英博物館 [4] ヴィクトリア国立美術館 [6]

それを証明する資料はない。メトロポリタン美術館の所蔵本の登録年代と、初編・二編の最初の刊行年を分けて読む必要がある。メトロポリタン美術館 [9]

後の時代に水辺から富士を見た資料として比べるためである。北斎がその写真を見た、あるいは同じ場所から描いたという証拠にはしない。アムステルダム国立美術館 [11]

読者との対話

三編の見開きで、富士を見つける前に何が目に入りましたか。

鑑賞の手がかり

霧と道

『霧中の不二』では、人物と山のどちらに先に目が向きますか。

窓と網

富士の前にある枠は、山を隠すのか、見つけやすくするのか。

本の時間

一枚の錦絵と、頁をめくる絵本では、見る速さがどう変わりますか。

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参考資料

  1. 国立国会図書館イメージバンク「葛飾北斎の『富嶽百景』」。三編の形態、初編・二編の刊年。
  2. 国立国会図書館『富岳百景』書誌。三編の刊年未詳、所蔵本と後摺りの記述。
  3. すみだ北斎美術館「北斎×富士」展。四十六図と一〇二図、一筆の不二。
  4. 大英博物館『富嶽百景』三編一組。版本、版元、刊年の議論。
  5. 大英博物館『富嶽百景』初編。木花咲耶姫と本の冒頭。
  6. ヴィクトリア国立美術館「Hokusai」展。三編に関する年代推定。
  7. 太田記念美術館・富士展作品リスト。三編の図題と年代表記。
  8. すみだ北斎美術館「北斎について」。初編末尾の跋文。
  9. メトロポリタン美術館『富嶽百景』2013.732a–c。掲載する九見開きの現物記録。
  10. メトロポリタン美術館・画像のオープンアクセス方針。掲載画像の再利用条件。
  11. アムステルダム国立美術館、小川一真の名を伴う「田子の浦からの富士」RP-F-2001-7-589-2。一八八三〜一八九三年頃のコロタイプ。