クロード・モネと歌川広重の名を並べると、橋、雨、雪、季節の花という似た主題が目に入る。ただし、二つの作品が似ていること、モネが広重の版画を所有したこと、一枚の版画から一枚の油彩画を直接描いたことは別の話である。このページでは八点の所蔵作品を番号まで確認し、記録で裏づけられる関係と、作品を見るために役立つ比較を分けて考える。モネが日本版画を集めた経緯は親ページにまとめた。 [1] [2]

まず所蔵と図版の違いを確かめる
モネ財団によると、現在ジヴェルニーの家で展示されている日本版画には広重の作品が48点ある。ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、モネが広重の《亀戸天神境内》に描かれた藤と太鼓橋の図を所有していたと具体的に記している。モネの庭の橋が日本版画から着想を得たという同館の説明は、この関係を考える強い出発点となる。 [1] [2]
目次
しかし、ここに載せるメトロポリタン美術館の《亀戸天神境内》JP2517は、そのモネ旧蔵の摺りではない。同じ図柄は複数枚摺られ、色や保存状態も違いうる。以下で「広重の作品をモネが持っていた」と述べるときも、特定の美術館が所蔵する掲載画像を、モネが見た現物と混同しないようにしたい。 [2] [5]
| 確かめられること | まだ言えないこと |
|---|---|
| モネの家には広重の版画があり、橋の図柄の所有も記録される。 | このページに掲げたメトロポリタン美術館のJP2517がモネの旧蔵品だった。 |
| シカゴ美術館の学術目録は、広重の版画とモネの池の構図を比較する。 | 広重の特定の摺り一枚が、モネ作品一枚の直接の下絵になった。 |
| 私たちは雨、橋、雪、花の描き方を作品ごとに比較できる。 | 似た天候を描くこと自体が、影響の証明になる。 |
《大はしあたけの夕立》とロンドンの橋
広重《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》では、橋を渡る人々の上から雨の線が斜めに重なる。メトロポリタン美術館は、細い雨線を交差させて版画に重ねる難しい技法を説明している。橋の輪郭は消えないが、見えるものを決めるのは天候である。川の対岸も雨の向こうに退き、人々の身をかがめた姿が突然の出来事を伝える。ここで使うのは同館所蔵JP2522の公開画像であり、モネ旧蔵と確認された摺りではない。 [3]
モネ《夕暮れのロンドン、ウォータールー橋》は1904年作、ワシントン・ナショナル・ギャラリー1983.1.28。橋と建物は淡い色の空気の中に溶け、川面の色も変わる。広重が版木の細線と色面を重ねて強い雨をつくるのに対し、モネは絵具と筆触で霧、煙、光の混じる都市を描いた。雨と霧は同じ天候ではなく、橋も江戸の渡河路と工業都市ロンドンとでは違う役割を持つ。それでも「建造物を安定した形として描く」以上に、空気を通して橋を見るという比較は有効である。 [3] [4]

この二枚を同じ大きさで表示すると、版画と油彩画の素材や実物の大きさの差が隠れやすい。広重の雨線は彫りと摺りに依存する。モネの曖昧な輪郭は、異なる時刻に同じ場所を訪れ、キャンバスに光の効果を積み重ねた仕事に属する。気象を「主題にした」と言うだけで終わらず、その気象をどの媒体で、どの都市の経験として表したかを見る必要がある。 [3] [4]
亀戸天神の太鼓橋とジヴェルニーの庭
《名所江戸百景 亀戸天神境内》は1856年の広重作品。メトロポリタン美術館のJP2517には、近くに垂れる藤、奥へ続く水辺、反り上がる橋が見える。近景の花が視界を部分的に覆うため、見る者は庭を一度に見渡せない。池と橋は、江戸の名所として人々が訪れた神社境内に属する。 [5]

モネは1893年にジヴェルニーの家に隣接する土地を購入して池を広げ、太鼓橋を架けた。ロンドン・ナショナル・ギャラリーは、日本版画の橋に着想を得たことと、モネが広重の亀戸天神の図を持っていたことを記す。これは単なる「似ている」より踏み込める資料だ。ただし、庭の設計図がJP2517という一枚にあったという意味ではない。モネが育てた睡蓮や藤、庭師とともに管理した植栽、池を繰り返し描いた期間まで考えると、庭は版画の再現ではなく制作の場だったと分かる。 [2]
ワシントン・ナショナル・ギャラリーの《日本の太鼓橋》は1899年作、1992.9.1。橋の両端は画面の外へ切られ、曲線の下で睡蓮と反射が重なる。広重の橋の先には江戸の境内があり、モネの橋の下には自ら手を入れた池がある。広重では花や橋越しに名所を見る。モネでは庭の植物と水面が大部分を占め、橋そのものも絵具の色と筆触によって変わる。形を並べながら、場所の違いを見落とさない比較が必要だ。 [2] [5] [6]

雪景色は借用の証拠になるか
広重《東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪》は1833~34年ごろの図。メトロポリタン美術館JP2492では、雪の坂道を三人が進み、家、木、山は白さのなかで単純な形になる。同館は、広重が蒲原を通ったのは夏で、当地にこれほどの積雪は珍しいため、この景色を想像上のものと説明する。よく知られる「街道の記録写真」のような読み方では、版画の造形と季節の演出を取り逃がす。 [7]

モネ《かささぎ》は1868~69年に描かれた雪景色で、オルセー美術館RF 1984 164。同館は、雪をめぐる当時のフランス絵画の課題と、モネが明るい色調の中で光と影をつくった点を説明する。門にとまる小さな鳥が画面の目印になる一方、雪面の色の変化が広い範囲を占める。広重では旅人の足取りが坂の奥へ進み、モネでは門と鳥が静止した冬の庭に視線をとどめる。 [8]

二つの作品で白は空白ではない。しかし、《かささぎ》が《蒲原 夜之雪》から直接生まれたと示す資料はここで確認できない。制作年代、フランスの雪景画という文脈、モネの戸外観察を飛ばして、広重を唯一の説明とするのは慎重であるべきだ。広重の版画が実景と想像を混ぜ、モネの油彩画が観察した光を画面に組み直していることを、それぞれに読むことができる。 [7] [8]
季節の花と水面――比較を広げすぎない
広重《隅田川花盛》は、隅田川の桜を扱う版画で、ワシントン・ナショナル・ギャラリー2015.143.95。川沿いの花、舟、人の営みは、季節のある時期に場所を訪れる経験を一つの図柄に集める。モネの庭にも藤や睡蓮が咲くが、隅田川の花見をジヴェルニーの池へそのまま移したとは言えない。版画が共有された都市の名所を示すのに対し、モネは作った庭を年月とともに観察した。 [9] [2]

シカゴ美術館の《睡蓮の池》は1900年作、1933.441。同館の学術目録は、この絵の左右非対称な視点を広重版画の空間の扱いと関連づける一方、技術調査によってモネが岸辺や植物の形を制作途中で変えたことも示す。広重とモネを結ぶ研究者の比較として重要だが、特定の広重作品を直接写したという証明ではない。ここに掲げた《隅田川花盛》も同館が比較対象として指定した図版ではない。花の季節、川や池の水面、画面を横切る植物を読者が見比べるために載せている。 [10] [9]

モネの後年の睡蓮では、橋や岸辺が画面から外れ、水と反射が占める範囲がさらに広くなる。そこには日本版画を見る経験も、庭造りも、長年の光の観察も、油彩画の制作上の選択も関わる。晩年のすべてを「広重の影響の完成」と呼ぶより、どの画面にどの比較が適切かを限定して読むほうが、広重とモネの両方に公平である。 [2] [10]
次に見る作品と資料
広重の版画をさらに見るなら広重の日本語ホームと《名所江戸百景》へ進む。《蒲原 夜之雪》が属する街道シリーズは《東海道五十三次》で、異なる摺りや季節表現を確かめられる。日本の版画制作全体は浮世絵で、モネと北斎の比較は別ページで扱う。作品名だけで類似を判断せず、所蔵番号、媒体、図柄と摺りの区別を追うことが比較の第一歩となる。 [3] [5] [7]
よくある質問
はい。モネ財団はジヴェルニーの展示版画に広重作品48点を数え、ロンドン・ナショナル・ギャラリーは《亀戸天神境内》の図柄を具体的に挙げる。ただし、このページに載せたメトロポリタン美術館JP2517がモネの現物だったという意味ではない。 [1] [2] [5]
モネの橋が日本版画から着想を得たことと、広重の橋の図柄をモネが所有したことは記録されている。庭の橋を一枚の版画から正確に写したとまでは、参照した資料から言えない。 [2]
《蒲原 夜之雪》と比較すると、白い面の使い方と小さな人や鳥の役割が見える。ただし《かささぎ》の直接の原画だったと確認できない。オルセー美術館はモネのフランス雪景画の文脈と光の実験を説明している。 [7] [8]
参考資料
- Fondation Claude Monet, “Japanese Prints”。ジヴェルニーの展示・保管状況と広重作品の内訳。
- The National Gallery, London, Monet, The Water-Lily Pond。庭の造成、版画からの着想、モネが所有した広重の橋の図柄。
- The Metropolitan Museum of Art, Hiroshige, Sudden Shower over Shin-Ōhashi Bridge and Atake。JP2522、雨線の技法と公開画像。
- National Gallery of Art, Washington, Monet, Waterloo Bridge, London, at Sunset。1983.1.28、作品の同定と公開画像。
- The Metropolitan Museum of Art, Hiroshige, In the Kameido Tenjin Shrine Compound。JP2517、1856年の図柄と公開画像。
- National Gallery of Art, Washington, Monet, The Japanese Footbridge。1992.9.1、1899年の作品と公開画像。
- The Metropolitan Museum of Art, Hiroshige, Evening Snow at Kanbara。JP2492、想像上の積雪に関する解説と公開画像。
- Musée d’Orsay, Monet, La Pie。RF 1984 164、1868~69年、フランス雪景画と光に関する解説。
- National Gallery of Art, Washington, Hiroshige, Cherry Blossoms in Full Bloom along the Sumida River。2015.143.95、作品の同定と公開画像。
- Art Institute of Chicago, Monet, Water Lily Pond, 1900, scholarly catalogue。1933.441、広重版画との構図比較と制作過程の技術調査。
- Wikimedia Commons, exact La Pie Google Art Project reproduction。オルセー美術館RF 1984 164のパブリックドメイン画像の出所。
- Wikimedia Commons, exact AIC Water Lily Pond reproduction。シカゴ美術館1933.441のパブリックドメイン画像の出所。
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