版画の技法

著者:
Tom Gurney は美術史を20年以上研究しています。英国サルフォード大学 BSc (Hons)。
日本語版 最終更新:2026年9月24日
メール:tomgurney1@gmail.com / 電話:+44 7429 011000

北斎の《神奈川沖浪裏》とデューラーの《アダムとエヴァ》は、どちらも紙へインクを移した作品だが、版のどこにインクが付くかは反対である。北斎の木版画では彫り残した高い面が刷れ、デューラーの銅版エングレーヴィングでは彫った溝がインクを運ぶ。同じ「版画」という語に入れても、道具、力のかけ方、紙の状態、職人の役割は変わる。町田市立国際版画美術館は、その物理的な違いによって凸版、凹版、平版、孔版の四つを説明している [1]。

版は、画像を紙などへ移すために用意された母体、すなわちマトリックスである。木の板、金属の板、石、金属の平版、網の張られたスクリーンなどがある。多くの技法では一つの版から複数の「摺り」や「刷り」を得られるが、現物は同じにならない。インクの量、紙、圧力、版の摩耗、色の位置合わせで差が生まれる。モノタイプのように、一枚の強い像を作ることを主眼にした例もある。複製できるという一文だけで版画全体を定義しない [2] [3]。

目次

  1. 四つの版種を一目で比べる
  2. 凸版――彫り残したところを刷る
  3. 凹版――溝に残るインクを紙が引き出す
  4. 平版――平らな面を化学的に分ける
  5. 孔版――網目を通してインクを置く
  6. モノタイプとモノプリント――一枚をどう考えるか
  7. 三枚を並べて、画像の黒がどこから来たかを考える
  8. 原作者、彫師、印刷者をキャプションから消さない
  9. 本、新聞、単独の一枚――版画はどこで見られたか
  10. 現物から技法を探る六つの順序
  11. 原画、原作版画、複製、摺り、版次
  12. 東アジア、ヨーロッパ、日本近代を一本の梯子にしない
  13. 版画を見る入口
  14. よくある疑問

この頁は日本の浮世絵を大事な比較例としながら、ヨーロッパの木版・銅版、石版、スクリーンプリント、モノタイプも同じ重さで扱う。東京藝術大学の版画研究室も、木版、銅版、リトグラフ、スクリーンプリントを主要な四版種として教えている [4]。浮世絵と版画は同義ではない。浮世絵の日本語案内には肉筆画や版本も含まれ、この頁で扱う版画には浮世絵以外の長い歴史がある。

四つの版種を一目で比べる

凸版、凹版、平版、孔版のインクの位置と転写の経路。
凸版、凹版、平版、孔版のインクの位置と転写の経路。
版種 インクのある場所 紙へ移す方法 主な例
凸版 彫り残した高い面 紙を当て、手またはプレスで圧する 木版、木口木版、リノカット
凹版 彫った線や腐蝕した溝 版面を拭き、湿した紙を強い圧力で溝へ押す エングレーヴィング、エッチング、ドライポイント、アクアチント
平版 平らな版の化学的に選ばれた画像部分 水と油性インクの性質を利用し、プレスで転写する リトグラフ
孔版 型で開けた網目や孔 スキージーなどでインクを通す スクリーンプリント

この表は技法を理解する地図であり、どの美術館も完全に同じ分類を採るという主張ではない。ある入門書は木版、エッチング、リトグラフ、スクリーンプリントという代表的な「四技法」を並べる。ここでは技法名の列挙より、インクの位置と移動を軸に四「版種」を分けた。エッチングは凹版の一方法であって、凹版全体の別名ではない。孔版を平版の周辺に置く説明もあるが、網目を通るインクの経路を見れば独立させる方が理解しやすい [1] [3] [5]。

凸版――彫り残したところを刷る

木の板に図を描き、白く残したい場所を彫り下げる。残った高い面へインクを付け、紙を当てると、その面が紙に写る。紙の白は白インクとは限らず、版の低い場所が触れなかった結果でもある。彫り取った部分にインクを詰めて刷る凹版とは、紙に当たる場所が逆だ。町田市立国際版画美術館の木版実演は、彫った後の面、絵具、馬楝と紙の動きを日本語で確認できる [1]。

デューラーの《黙示録》から《四騎士》は1498年の木版画。メトロポリタン美術館の現物 19.73.209 では、馬、雲、人体が密な黒線と紙の白でできている [6]。強い輪郭だけが木版の可能性ではない。線の間隔を変えれば光や影を作り、曲線を重ねれば走る動きを示せる。細かい画面を「初期だから粗い」と見るのは、十五世紀末のこの一枚の彫りと設計を見落とす。

デューラー《四騎士》、1498年、木版画。Met 19.73.209。
デューラー《四騎士》、1498年、木版画。Met 19.73.209。 メトロポリタン美術館、画像 CC0。

日本の多色木版画でも、高い面から色を移す原理は同じである。ただし一枚の紙に複数の版木を順に当て、見当で位置を合わせる。東京国立博物館の制作解説は、版元、絵師、彫師、摺師の役割を示す [7]。北斎《神奈川沖浪裏》の画像はメトロポリタン美術館 JP1847、1830–32年頃の現物である [8]。色の違う別の摺りや後の複製を、この所蔵品と同じ紙だと書いてはならない。青い波の美しさと、線を彫り、紙を合わせ、色を重ねる仕事を一緒に読む。

北斎《神奈川沖浪裏》、1830–32年頃、多色木版画。Met JP1847。この所蔵品の一摺り。
北斎《神奈川沖浪裏》、1830–32年頃、多色木版画。Met JP1847。この所蔵品の一摺り。 メトロポリタン美術館、画像 CC0。

木口木版は「木に彫る凹版」ではない

木口木版は、一般的な板目木版で使う木の長い繊維方向とは別の、輪切りに近い硬い面を使う。彫刻刀というより細いビュランで白く刷れない線を切り、彫り残した高い面へインクを付ける。名称に「engraving」が付いても、銅版エングレーヴィングと同じ凹版ではない。V&AとMetの技法説明は、木口の密な材質が細い白線を支えることを説明する [3] [9]。

ここに掲げる《ポトマック軍――歩哨任務の狙撃兵》は、1862年の『Harper’s Weekly』に載った木口木版で、メトロポリタン美術館 29.88.3(5) の現物。館は「ウィンスロー・ホーマーに基づく」と記す。原画・図案の作者と木版を彫った専門家の仕事を同一視せず、画像のキャプションにも after の関係を残す [10]。印刷物としての速い流通は、版の持続性、新聞の文字組、分業と結び付いた。

ホーマーの図案による《歩哨任務の狙撃兵》、1862年、木口木版。Met 29.88.3(5)。「after Winslow Homer」という館の帰属を維持。
ホーマーの図案による《歩哨任務の狙撃兵》、1862年、木口木版。Met 29.88.3(5)。「after Winslow Homer」という館の帰属を維持。 メトロポリタン美術館、画像 CC0。

リノカットでは木の代わりにリノリウムを彫る。木目がない面は曲線を動かしやすいが、「曲線が滑らかだから必ずリノカット」と見分けることはできない。木口木版は細密、板目木版は大胆という決まりもない。材料の傾向は手掛かりにとどめ、所蔵館の材質欄と表面の拡大観察を合わせる [3]。

凹版――溝に残るインクを紙が引き出す

銅などの板の中へ線や点、面を作り、インクを押し込む。その後、表面の余分なインクを拭き、湿らせた紙を強いプレス圧で溝へ押す。紙は凹部からインクを取り出す。版の縁が紙へ残す「プレートマーク」は有用な手掛かりだが、紙の裁断や刷り方によって消える場合がある。痕跡一つで技法を断定しない [3] [11]。

エングレーヴィングとエッチング

エングレーヴィングではビュランという工具が金属を直接切り、溝を作る。線の太さは工具の角度と押す力で変わり、交差する線によって調子を作れる。デューラー《アダムとエヴァ》は1504年の銅版エングレーヴィング、Met 19.73.1。肌、毛皮、樹皮の違いが密な線の組み合わせから生まれる [12]。顔料を面に塗った絵のように見えるとしても、印刷されるのは版の溝へ入ったインクである。

デューラー《アダムとエヴァ》、1504年、エングレーヴィング。Met 19.73.1。
デューラー《アダムとエヴァ》、1504年、エングレーヴィング。Met 19.73.1。 メトロポリタン美術館、画像 CC0。

エッチングでは金属板を耐酸性の防蝕膜で覆い、針で膜を開いて金属を露出させる。酸などの腐蝕液が露出部分を食い、溝を作る。針そのものが深く金属を切るエングレーヴィングとは、線を作る工程が違う。レンブラント《ハガルとイシュマエルを追放するアブラハム》は1637年のエッチング、Met 1983.1140.1。紙に現れた線の軽さを観察しても、ただ「手描きの素描」と呼べない理由がここにある [13]。

レンブラント《ハガルとイシュマエルを追放するアブラハム》、1637年、エッチング。Met 1983.1140.1。
レンブラント《ハガルとイシュマエルを追放するアブラハム》、1637年、エッチング。Met 1983.1140.1。 メトロポリタン美術館、画像 CC0。

ドライポイントは針で直接金属を引っかき、溝の脇に立つ微細な金属の返り、バリを残す。そのバリもインクを抱え、柔らかな線を刷るが、繰り返しの圧力で摩耗しやすい。アクアチントは粒子状の防蝕膜を利用して面的な調子を作り、メゾチントは粗くした板を磨いて暗から明へ進む。いずれも凹版だが、線と面を作る手順は同じでない [3] [11]。

レンブラント《百グルデン版画》は、Met 29.107.35 の記録では1648年、エッチング、エングレーヴィング、ドライポイントを合わせた現物で、二つのステートのうち第二ステートである [14]。「ステート」は版そのものへ加えた変更の段階を指す。紙、拭き方、インクだけが違う二枚を、必ず別ステートとは呼べない。この作品の暗い部分と細い線の差を、単一の技法の効果へ還元せずに読む。

レンブラント《百グルデン版画》、1648年、エッチング・エングレーヴィング・ドライポイント。Met 29.107.35、二つのステートの第2。
レンブラント《百グルデン版画》、1648年、エッチング・エングレーヴィング・ドライポイント。Met 29.107.35、二つのステートの第2。 メトロポリタン美術館、画像 CC0。

平版――平らな面を化学的に分ける

リトグラフは石や金属の平らな版へ油性のクレヨンや描画液で像を作り、化学処理によって、画像部分は油性インクを受け、濡らした非画像部分はそれをはじくようにする。彫り下げた溝や高い凸面だけで像を決める方法ではない。国立西洋美術館の日本語の技法解説は、水と油の反発、石版の準備、十八世紀末のアロイス・ゼネフェルダーの発明を説明する [15]。

平らだから準備の要らない「手描きのコピー機」ではない。石の表面、薬品、湿り、インク、プレスの扱いが必要で、色が増えれば石や版の数も増える。筆やクレヨンの調子が残るのは、描画の身振りを別の版へ翻訳できるからである。石版画を見分けるときは、粒子状のクレヨン線、薄い描画液、色の重なりを観察する。ただし、似た粒子はほかの製版方法でも作れるので、見た目だけで確定しない [3] [15]。

ロートレック《ナポレオン》は1895年の六色刷りリトグラフ、Met 1984.1203.174。館はクレヨン、筆、飛沫による方法を記し、印刷をエドワール・アンクールに関連づける [16]。絵師名だけを掲げると、色版を合わせた印刷の仕事が消える。別の石から刷った色の位置が少しずれている場合も、その違いは現物を観察する一要素であり、作品が「失敗作」だと即断する理由にはならない。

トゥールーズ=ロートレック《ナポレオン》、1895年、多色リトグラフ。Met 1984.1203.174。
トゥールーズ=ロートレック《ナポレオン》、1895年、多色リトグラフ。Met 1984.1203.174。 メトロポリタン美術館、画像 CC0。

孔版――網目を通してインクを置く

スクリーンプリントでは枠へ張った網に画像の形の「開いた部分」と、インクを止める「塞いだ部分」を作る。スキージーでインクを引くと、開いた網目だけを通って下の紙へ届く。複数色の場合は版ごとに位置を合わせる。古い名称「シルクスクリーン」は絹の網に由来するが、今日使う網が必ず絹だという意味ではない。「セリグラフ」も美術文脈で使われる名で、別の物理的原理ではない [1] [17]。

ジョゼフ・ビール《ボートハウス》はスミソニアン・アメリカ美術館 1977.32.9 のスクリーンプリント。所蔵館は制作年を特定していない。作品の色面から孔版の働きを考えられるが、写真だけで使ったスクリーンの枚数や網の材質を言い当ててはいけない。館の個別記録は画像をパブリックドメイン、「Free to use」としており、転載・加工・配布を認める [18]。

ジョゼフ・ビール《ボートハウス》、スクリーンプリント。Smithsonian American Art Museum 1977.32.9。
ジョゼフ・ビール《ボートハウス》、スクリーンプリント。Smithsonian American Art Museum 1977.32.9。 スミソニアン・アメリカ美術館、パブリックドメイン。

孔版はインクを平らな石の表面に化学的に選んで残す平版とは異なる。平版では紙へ接する版面の性質が画像を決め、スクリーンでは孔を抜けるかどうかが決める。完成した紙に平らな色面があるというだけでは、そのどちらかは分からない。所蔵記録、網の跡、インク膜の厚み、色の位置を合わせて検討する [1] [15] [17]。

モノタイプとモノプリント――一枚をどう考えるか

モノタイプでは、傷を刻まない滑らかな板へインクを塗り、拭い、動かして紙へ移す。強い一枚が取れた後、版に残った少量のインクから淡い「ゴースト」を刷ることもある。同じ版に固定された図案がないため、多数のほぼ同じ絵を刷る木版や銅版とは目的が違う。それでも紙と版、転写という行為から生まれる版画である [3] [19]。

ドガ《風景》は1877–79年頃のモノタイプ、Met 2024.387。空と地形の柔らかな調子は、版上のインクを動かして一度紙へ移した結果として読む。退色した銅版の「後摺り」と呼ぶのではない [19]。一方「モノプリント」という語には館や工房による幅があり、固定された線を持つ版から毎回異なる色や拭き方で一枚ずつ作る場合に限る説明も、個別性の強い版画を広く指す説明もある。具体的な作品では所蔵館の用語と制作方法を併記する。

ドガ《風景》、1877–79年頃、モノタイプ。Met 2024.387。
ドガ《風景》、1877–79年頃、モノタイプ。Met 2024.387。 メトロポリタン美術館、画像 CC0。

版画を「同じ物を無限に作る技術」とだけ考えると、モノタイプも、同じ版の一枚ごとの差も見えない。逆に一枚ごとの違いを強調しすぎて、版木や版の共有された構造を忘れてもいけない。何が固定され、何が毎回変えられるかを尋ねるのが、版画の見方として最も実用的だ [2] [19]。

三枚を並べて、画像の黒がどこから来たかを考える

デューラー《四騎士》、デューラー《アダムとエヴァ》、北斎《神奈川沖浪裏》を同じ「線の多い紙の絵」として眺めるだけでは、版画の面白さは半分しか分からない。《四騎士》の黒い輪郭は、彫り残された木の高い面がインクを持つことでできる。刃物で消した側が紙の白になる。《アダムとエヴァ》では逆に、彫り込んだ金属の溝が黒を運ぶ。白は拭われた版面と紙の余白に支えられる。画面の線が細いか太いかより、黒と白を作った版の位置が決定的な違いである [6] [12]。

北斎の一枚はデューラーの木版と同じ凸版の原理を使うが、黒だけを彫った一枚の版では説明できない。輪郭と色の版木を紙の同じ位置へ重ねる必要があり、その結果として青の面、白く残された波頭、遠くの富士が共存する。博物館が示す絵師、彫師、摺師、版元の分業は、制作の背景説明にとどまらない。版の数と順序、色の濃さ、見当の精度を通じ、目の前の紙の見え方に関わる [7] [8]。

この三枚は制作年も用途も異なる。《四騎士》はデューラーの『黙示録』に属し、《アダムとエヴァ》は銅版、《神奈川沖浪裏》は「冨嶽三十六景」の一枚である。木版が銅版より古いから単純だ、色数が多いから必ず新しい、といった序列は成り立たない。それぞれの版が何を得意とし、出版や鑑賞の形にどう結びついたかを、所蔵品ごとに比べる [6] [8] [12]。

原作者、彫師、印刷者をキャプションから消さない

版画の作者欄には、一人の名だけで完成までの仕事を表せない例が多い。ホーマーの図案に基づく木口木版は、元の図像を考えた人と、出版用の版に翻訳した彫師を分けて考える入口になる。Metが「after Winslow Homer」とするのは、ホーマー本人がこの所蔵品の木を彫ったという意味ではない。制作年の1862年と『Harper’s Weekly』という出版の場も、画像の流通を理解する手掛かりになる [10]。

北斎の場合も、絵師だけで版木を彫り、紙へ何枚も摺ったと想像すると、江戸の錦絵の工程を取り違える。版元は出版を企画して流通させ、彫師は輪郭や色のための版を作り、摺師は絵具、水、紙、馬楝を調整した。所蔵館に彫師の個人名が残らない場合、その空白を推測で埋めるのではなく、役割と記録の限界を述べる [7] [8]。

ロートレックのリトグラフでも、「ロートレック作」と「ロートレックが印刷まで一人で行った」は同義ではない。Metの《ナポレオン》の記録は描画方法と印刷に関わる名を区別する。作者と印刷所の協働は作品の独自性を損なう印ではなく、版画が作品として成立する方法の一つだ。ただし、どこまで本人が版に手を加えたかは各作品の記録で確認する必要がある [16]。

一方、モノタイプのように一枚ごとの像を版上で直接動かす工程もある。デューラー、北斎、ロートレック、ドガを一つの「作者が版を作って刷る」という図式へ押し込めないことが大切である。正確なキャプションは作者名を長く列挙するためではなく、画面がどのような制作と出版の関係から生まれたかを見失わないためにある [7] [16] [19]。

本、新聞、単独の一枚――版画はどこで見られたか

版画は壁へ一枚飾るためだけに作られたわけではない。国立国会図書館が紹介する画譜や絵本は、木版の画像が頁をめくる順序と結びつくことを示す。本を閉じた状態、開いた見開き、あるいは後から切り離された一葉では、同じ図像の受け取り方が変わる。版が再び使われた場合には、発行の時期や版の摩耗も考える必要がある [22]。

ホーマーに基づく1862年の木口木版は、新聞の活字と組み合わせて流通した画像である。今日、美術館サイトで切り出された一枚だけを見ると、同じ紙面の文章や隣の図版が見えなくなる。版画を美術品として観察すると同時に、誰がどのような形で手に取ったかを調べると、なぜその技法が選ばれたかが分かりやすい [10]。

浮世絵の一枚摺りも、博物館の額に入った状態が最初の鑑賞形態とは限らない。個別の摺りには裁断、裏打ち、退色などの歴史があり、現在の余白と色を作品の唯一の標準にできない。《神奈川沖浪裏》のMet JP1847を図版として用いる理由も、抽象的な「有名な波」を転載するためではなく、出所の分かる一枚の現物へ議論を結びつけるためである [8]。

こうした媒体の違いは、制作技法の分類を無意味にするわけではない。むしろ「何の版からどう刷ったか」に「どの形で届き、今どの現物が残るか」を重ねることで、作品の姿が具体的になる。紙の上の同じような線でも、本の頁、新聞の挿絵、色刷りの一枚絵、展覧会で扱うモノタイプでは、制作から受容までの道筋が違う [8] [10] [19] [22]。

画面をオンラインで見比べる際にも、この順序は役立つ。まず所蔵番号で現物を固定し、媒体欄と作家の帰属を読む。次に、画像が単独の葉なのか、本や新聞から取られたものなのかを調べる。その後で色、線、版の跡を拡大してみる。先に「初摺りらしい」「作者が手で刷ったはずだ」という印象を持つと、画像の鮮明さを年代や制作参加の証拠と取り違えやすい。高解像度のデジタル画像は線の観察に有益だが、紙の厚さ、凹み、表面の光沢、裏側の情報までは必ずしも伝えない [3] [8]。

また、販売上の語と所蔵館の語を分けて読む。「限定」「オリジナル」「手摺り」という語は、実際の版、刷りの時期、作者の関与を一語で確定するものではない。美術館の媒体欄にも情報の不足や後年の再検討はあり得るため、疑問があれば作品番号を添えて館の記録や図録を照合する。調べた結果が「版種までは分かるが、何番目の摺りかは不明」であっても、それは有用な結論である。作品を正確に見ることは、分からない事柄を明示することからも始まる [3] [14]。

現物から技法を探る六つの順序

一、まず所蔵品記録を見る。 「版画」という一般的な分類だけでなく、木版、木口木版、エッチング、銅版、リトグラフなど、媒体欄に何が記されているか確認する。所蔵番号は別の摺りと取り違えないための出発点である [6] [8]。

二、斜めから光を当てる。 凹版のプレートマーク、凸版の微妙な押し跡、厚いスクリーンインクは横からの光で見える場合がある。ただしガラス越しの展示では難しく、痕跡がないことはその技法を否定しない [3] [11]。

三、線と白を拡大する。 彫り残した黒線、木口木版の細い白線、ビュランで変化する溝、ドライポイントのバリ、石版の粒子は候補を絞る。写真の解像度や印刷の上からさらに複製した画像では、その手掛かりが失われる [9] [12] [15]。

四、色のずれを読む。 別々の色版を重ねたわずかな位置の差は、工程の存在を示す。しかし木版、石版、スクリーンのどれも多色刷りができるため、見当のずれだけで版種は決まらない [7] [16] [17]。

五、組み合わせを疑う。 レンブラントの《百グルデン版画》は三つの凹版技法を合わせる。後から手で色を加えた紙も、印刷工程だけで説明できない。作品記録が複数の技法を記すとき、単一の形へ簡略化しない [14]。

六、不明な部分を残す。 裁断によって印が消えた、版が残らない、写真が小さいといった条件では、手掛かりに限界がある。確信度を示して説明し、画像の鮮やかさだけで制作年や初刷りを決めない [3]。

原画、原作版画、複製、摺り、版次

版画の「原作」は作者が版による制作を作品として構想した場合に使う。作者が自分で彫ったか、専門の彫師や摺師と協働したかは別の問いである。北斎の色刷りは分業で作られたから「原作ではない」ということにはならない。反対に、ある絵画の写真を機械的に紙へ印刷したものが、「限定版」と書いてあるだけで原作版画へ変わるわけでもない。何をいつ、どの版で制作したかを確かめる [3] [7]。

一枚の現物を「摺り」または「刷り(impression)」と呼ぶ。エディションは一まとまりとして発行された摺りの集まりを指すが、歴史上の版画は現代のように通し番号が記されるとは限らない。ステートは版自体を変更した段階であり、インクの濃さだけの違いとは分ける。後摺りは版から後に刷られた現物を指し、必ず偽物という意味ではない。版木や銅版、版元、発売時期の記録を合わせて判断する [14] [20]。

「複製版画」という言い方は文脈によって意味が変わる。既存の絵画を別の技法へ翻訳した版画には、独自の彫りと歴史的な役割がある。一方、現代の写真やインクジェットによる画像複製を、木版やエッチングと同じ制作過程に置いてはいけない。Homerの図案を別の木口木版職人が紙面へ移した十九世紀の新聞図版は、協働による出版物として読む [10]。作者の名だけで「原作か複製か」を判断せず、媒体と目的を確かめる。

東アジア、ヨーロッパ、日本近代を一本の梯子にしない

木版印刷は東アジアで宗教、文学、絵入り本の制作に早くから用いられ、ヨーロッパの紙の画像印刷より前の歴史を持つ。MoMAは中国の木版を九世紀まで遡って紹介する [21]。ヨーロッパでは十五世紀の木版と銅版が、紙、工房、出版と結びついて広がった。どちらかを「先進」、もう一方を「遅れ」とする年表ではなく、用途、材料、受け取る人を比べたい [3] [21]。

デューラーの《四騎士》と《アダムとエヴァ》は、同じ作者が凸版と凹版で線を変えた例になる。日本では木版の本、一枚摺り、彩色刷りが育ち、十八世紀以降の錦絵で複数の版木を精密に合わせた。国立国会図書館は絵本の版木、再刷、色刷りを一緒に紹介している [22]。十九世紀のリトグラフは平版に絵を描く別の方法を広げ、スクリーンプリントは後に商業印刷と美術制作の双方で使われた [15] [17]。

国立国会図書館の印刷史展示は、木版、石版、謄写版、オフセットなどの技術が日本で重なって使われたことを示す [20]。産業印刷の歴史をそのまま美術版画の歴史に置き換えることはできないが、紙や機械、画像の流通が共通の問題を持つことは見える。日本の新版画と創作版画も木版を新しい理念と工房の関係で使った。江戸の錦絵が終わってすぐ別の「進歩した技法」が唯一の標準になったわけではない [23]。

版画史は新しい技術が古い技術を一つずつ消す階段ではない。今日も木版と銅版、リトグラフ、スクリーンプリント、モノタイプが選ばれるのは、何を繰り返し、何を一枚だけ変え、どのような線や面を作るかが違うからである。作者が全工程を行う場合と、職人や出版社と分ける場合の両方があり、その違いも作品の価値を単純に上下させない [2] [4]。

版画を見る入口

日本の色刷り木版をさらに見たい場合は浮世絵へ進み、肉筆画との区別と出版の分業を確かめられる。北斎の《神奈川沖浪裏》、広重の名所絵、歌麿の絵本は、同じ木版でも題材や媒体が違う。ここで見たデューラー、レンブラント、ロートレック、ドガは、同じ「紙に刷る」行為が別の版の論理を持つことを示す比較相手である。

よくある疑問

版画の主な四つの種類は。 凸版、凹版、平版、孔版という物理的な分け方が分かりやすい。木版は凸版、エッチングは凹版、リトグラフは平版、スクリーンプリントは孔版の一例である [1]。

エッチングとエングレーヴィングは同じか。 どちらも凹版だが、前者は防蝕膜の線を腐蝕液で食わせ、後者はビュランで金属を直接切る。レンブラントのように両方を一枚に使う場合もある [12] [13] [14]。

木口木版は凹版か。 いいえ。硬い木口をビュランで彫っても、インクを紙へ運ぶのは彫り残した高い面であり、凸版である [9] [10]。

同じ版から刷れば同じ現物か。 版の形が同じでも、紙、インク、圧力、色の合わせ、後の修整や摩耗で差がある。別の所蔵番号は別の紙を示す [8] [14]。

モノタイプは版画か。 はい。版のインクを紙へ転写するが、多数の同一画像を作ることを目的としない。淡い二枚目が取れる場合でも、同じ一枚とはならない [19]。

参考資料

  1. 町田市立国際版画美術館「動画で見る 版画のつくりかた」。四版種の日本語説明。
  2. ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館「What is print?」。版画と原作。
  3. 米国ナショナル・ギャラリー「Printmaking Basics」。版と転写の基礎。
  4. 東京藝術大学・版画研究室。四版種の制作と研究。
  5. MoMA「What Is a Print?」。技法分類。
  6. メトロポリタン美術館、デューラー《四騎士》19.73.209。1498年の木版。
  7. 東京国立博物館「日本美術のつくり方」。木版制作の分業。
  8. メトロポリタン美術館、北斎《神奈川沖浪裏》JP1847。多色木版の一現物。
  9. メトロポリタン美術館「How Prints Look」。木版と木口木版の見方。
  10. メトロポリタン美術館、ホーマー原画に基づく《歩哨任務の狙撃兵》29.88.3(5)。1862年の木口木版。
  11. プリンストン大学美術館「Printmaking」。凹版と刷りの観察。
  12. メトロポリタン美術館、デューラー《アダムとエヴァ》19.73.1。エングレーヴィング。
  13. メトロポリタン美術館、レンブラント《ハガルとイシュマエルを追放するアブラハム》1983.1140.1。エッチング。
  14. メトロポリタン美術館、レンブラント《百グルデン版画》29.107.35。複合技法とステート。
  15. 国立西洋美術館「西洋版画を視る―リトグラフ」。平版の化学と歴史。
  16. メトロポリタン美術館、ロートレック《ナポレオン》1984.1203.174。六色刷りリトグラフ。
  17. 米国ナショナル・ギャラリー「All About Prints」。孔版とスクリーン。
  18. スミソニアン・アメリカ美術館、ジョゼフ・ビール《ボートハウス》1977.32.9。個別のパブリックドメイン画像。
  19. メトロポリタン美術館、ドガ《風景》2024.387。モノタイプ。
  20. 国立国会図書館「ブレイク刷るー!―ページが語る印刷技術の歴史」。日本の印刷史。
  21. MoMA「The Woodcut」。中国とヨーロッパの木版史。
  22. 国立国会図書館「画譜と絵本」。木版の本と再刷。
  23. 国立国会図書館「創作版画と新版画」。近代の日本の版画。

読者との対話

一枚の版画を見て、刷りの技法や別の摺りとの差に気づいたら、所蔵番号とともにお寄せください。

読者の気づき

線の作り方

デューラーの木版と銅版では、細い線の端や白い部分がどう違いますか。

同じ版の別の紙

《神奈川沖浪裏》の別の摺りを比べると、色と見当のどこに差が見えますか。

分類しきれない技法

《百グルデン版画》のように複数の凹版技法を使う作品はどう記録するのがよいでしょうか。

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