橋、庭、祭、雪原、伝説。広重の晩年の江戸を十図と検索できる119図の目録からたどります。

広重が見せた江戸とその周辺
歌川広重の『名所江戸百景』は、いまの東京とその周辺を、橋、庭、川、祭、雪原、伝説によって見せる晩年の錦絵連作である。梅の幹が庭を遮り、吊られた亀の向こうに橋が現れ、鳥が雪原を見下ろす。名前のある場所を示すと同時に、見る人がどこに立っているように感じるかを変え続ける。大英博物館の展覧会解説 [1]も、近景と遠景を大胆に組み合わせる広重の構図に注目する。
題名の「百」は現存する図の正確な数ではない。初代広重の署名がある図は118点、二代広重が一八五九年に加えた図が一点、さらに題名と目録の一枚を合わせると、通常の完本は図柄119点と目録一枚、計120枚となる。 静岡市東海道広重美術館 [2]と東京藝術大学大学美術館 [3]の説明は、この数の違いを考える助けになる。「118」「119」「120」は、何を数えているかを添えれば互いに矛盾しない。
初代の署名図は一八五六年二月から一八五八年十月にかけて刊行され、版元は魚屋栄吉だった。サントリー美術館の研究 [4]は、初代の死後にも企画が続き、二代の図と梅素亭玄魚による目録が加わったことを整理する。大英博物館の目録一枚の所蔵品 [5]は、絵の連作を後からどう束ねたかを示す物理的な証拠である。
要点
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日本語題名 | 『名所江戸百景』 |
| 絵師 | 初代広重の署名図118点、二代広重の後補一図 |
| 版元 | 魚屋栄吉 |
| 刊行 | 初代の署名図は一八五六年二月〜一八五八年十月、二代の追加は一八五九年四月 |
| 標準的な完本 | 図柄119点、別の目録一枚、計120枚 |
| 目録 | 梅素亭玄魚が初代の118図を春・夏・秋・冬に分類 |
| 技法・形式 | 色摺り木版画、縦大判が中心 |
| 本頁 | 十図の読解と、目録順119図を検索できる一覧 |
以下の春夏秋冬の順は没後に作られた目録に従う。刊行した月の順でも、初代が最後に指示した配列と確定したものでもない。サントリー美術館 [4]は、目録の順と個別の改印の日付にずれがあると述べる。二代による追加は四季の区分の外に置かれる。
広重と版元が作った都市の連作
保永堂版『東海道五拾三次之内』が江戸から京への道順を作ったのに対し、『名所江戸百景』は都市と郊外へ視線を行き来させる。橋、渡し、寺、庭、町、水路、まだ名所の定型に収まらない土地までを扱った。大英博物館の発表 [12]は、古くから詩歌や案内記に結びつく「名所」という考えが、広重の連作で広がったと説明する。名所の名札が示す場所と、画面で最も大きい物が一致しないことも、この企画の面白さである。
一八五五年の安政江戸地震は刊行直前の都市の背景にある。ただし全図を被災記録や一律の復興宣伝とするのは過剰だ。大英博物館の慎重な説明 [1]は、再建される都市の住民を励ます働きがあった可能性を述べる。新しい眺めだけでなく、季節の楽しみ、古い歌の記憶、奇抜な視点も含むことが、この連作の広さを示す。
制作は絵師だけで完結しない。版元が企画と販売を担い、彫師が線を版木にし、摺師が色やぼかしを紙へ移した。大英博物館の展示案内 [1]は彫り、雲母、重ね摺り、濃淡の技法に触れる。近景の影と遠景の色の効果は、図柄と個々の摺りの双方に属する。インターネット上の画像一枚に、すべての摺りの性質を代弁させることはできない。
初代広重は一八五八年に没した。署名のある118図のうち三図には死後の日付の改印があり、門人の関与が議論される。サントリー美術館 [4]が示すのは帰属の問いであり、三図を何の説明もなく数から消す根拠ではない。「初代の署名がある118図」と言えば史料に忠実だが、「118図すべてを初代が生前に完成した」と断言はできない。二代広重の《赤坂桐畑夕立》は一八五九年四月の後補である。
「名所」はどこにあるのか
名所は風景の形だけでなく、詩、祭、寺社参詣、以前の案内書にも支えられる。国立国会図書館の名所解説 [7]は土地の名前に積み重なる記憶を示す。広重は名札のある橋や庭から、屋根の上、窓辺の猫、空の鯉幟、雪原へ視線をずらす。江戸とは現在の都心だけの境界線でもない。静岡市東海道広重美術館 [2]は中心部、近郊、さらに外の土地を分ける。
国立国会図書館の駿河台 [7]と目黒 [7]の資料は、地名の来歴、川、坂、橋を別の古図や文章から調べられる。背景を知れば広重が何を選び、何を大きくしたか分かるが、画面を現地の写真と同じ証拠にはしない。以下の十図は目録の四季にまたがり、五点の個別所蔵品と五点の所有者提供図柄を区別して示す。
十図を細かく見る
春:《亀戸梅屋舗》
梅の幹は視界に近すぎるほど大きく、庭の全景を遮る。枝の向こうに見える小さな人々が木の尺度を変える。国立国会図書館の作品記録 [13]は一八五七年、魚屋栄吉の図柄とし、異なる摺りへ案内する。場所の案内としてはあり得ない近さだが、花の枝を抜けて庭を見る経験を作る。
大英博物館のカプシーヌ・コレンバーグによる研究 [8]は82点の摺りを比べ、四つの版の状態を区別した。早い摺りの赤い空と後の上部の紫、草や枝の違いは、色鮮やかなデジタル画像だけで判定できない。本頁の所有者提供画像は図柄として同定できるが、撮影された現物の状態は未確認である。ファン・ゴッホは後の第四の状態の摺りを持ち、格子を用いて写し、一八八七年に油彩《広重にならう花咲く梅の木》を作った。その油彩の色には早い状態の影響も見られるという。単純な「日本版画の模写」より、個別の摺りと画家の再構成を追う方が確かだ。
夏:《水道橋駿河台》
画面で最大の形は空を渡る鯉幟だ。題名の橋と駿河台、遠い富士よりもこちらが近くに見える。大英博物館の現物1948,0410,0.72 [10]は、水道橋、江戸城、富士と複数の鯉幟を記録し、早い摺りには同館の現物にない仕上げの工夫があると説明する。縦の布、横の橋、奥へ進む市街が一枚で競い、観客の距離感を瞬時に変える。国立国会図書館の駿河台資料 [7]は地名の由来を補うが、図は街路図ではなく季節の象徴を通した眺めだ。本頁の画像は所有者提供の図柄の再現で、同館の現物ではない。

夏:《深川萬年橋》
吊られた亀の向こうに橋、水、舟、富士が遠ざかる。橋に比べて亀が大きいため、まず目の前の生き物に出会い、それから深川の地名へ入る。メトロポリタン美術館のJP1184 [14]は一八五八年の現物として登録される。近景の亀は庭の梅の幹とは違う、移動できる額縁のようなものだ。富士が見えても、これは北斎『冨嶽三十六景』の一枚ではない。一枚の縦長画面に複数の距離を入れる広重の実験である。

夏:《大はしあたけの夕立》
橋は川を斜めに切り、人物は急な雨に身をかがめる。大英博物館の展示解説 [1]は橋を見下ろし、対岸を見渡し、雲を見上げる視線の組み合わせを指摘する。一八五七年九月とされる初期の現物では、対岸近くに二艘の舟、橋の下に後に修正された白い彫りの誤りが見える。本頁の所有者提供画像について、同じ細部が検証されない限り初期版と判定しない。ボストン美術館のサラ・E・トンプソンによる出版プレビュー、129頁 [11]は対岸の三つの淡い屋根を将軍の船小屋と同定するが、注釈する際は掲載画像にその形が実際に見えるかを確かめる。作品の詳しい個別解説では摺りの違いを比較する。

秋の組:《市中繁栄七夕祭》
祭の飾りが屋根を越えて立ち、広い空に家々の参加が模様のように広がる。メトロポリタン美術館のJP62 [15]は安政四年七月、すなわち一八五七年の現物である。後の目録では秋の組に置かれる。現代の季節感だけで「夏の組」に直すべきではない。祭そのもの、刊行月、後の目録の位置は別の情報である。Japan Searchで確認できる東京国立博物館の記述 [6]は目録の区分を保存する。

秋の組:《両国花火》
暗い空に花火が開き、橋の下には舟が集まる。画面には公共の見世物と、それを眺める橋、川、商いの場所が入る。大英博物館の展示解説 [1]は両国の花火が夏の終わりから秋まで人を集め、高い川沿いの店から見るような視点を取ると述べる。展示された現物の日付は一八五八年八月だが、本頁のメトロポリタン美術館JP642 [16]は別の摺りで、同館は一八五八年と記す。一方の紙の細かな印刷や収集歴を他方に移さない。

冬:《浅草田甫酉の町詣》
窓辺の猫が格子の外の田圃へ目を向ける。題名は浅草の田と酉の町への参詣を示すが、いちばん近い身体は室内の猫だ。大英博物館の現物1906,1220,0.664 [10]は一八五七年、組物の百一番として記録される。本頁の画像は同図柄の所有者提供画像であり、その大英博物館の摺りではない。国立国会図書館の新吉原周辺の資料 [17]は土地の背景を補うが、描かれた部屋の持ち主を同定する根拠にはならない。名所を私的な窓から見せる構図そのものが、この図の発明だ。

冬:《深川洲崎十万坪》
雪の湿地の上に猛禽が大きく翼を広げる。メトロポリタン美術館のJP2520 [18]は一八五六年の現物で、十万坪という地名と鳥を説明する。英語の資料によって鳥の種の呼び方に差があるため、ここではまず「猛禽」とする。梅の幹が視界を狭めた図とは逆に、鳥の速度と白い大地が広さを作る。江戸百景には市街の通りだけでなく、都市の縁の広大な土地も入る。

冬:《目黒太鼓橋夕日の岡》
雪の中を人々が進み、弓なりの橋と坂が道の労苦を感じさせる。国立国会図書館の目黒資料 [7]は目黒川の太鼓橋と急な行人坂、古い図や記述を示す。所有者提供画像の元ファイル名に「Moon Bridge」とあるが、作品の名は太鼓橋である。別の架空の名所にすり替えない。図が正確な測量図でなくても、土地の由来を知ることで橋、坂、曲がった人影を読むことができる。画像が写す物理的な摺りは未特定である。

冬:《王子装束ゑの木大晦日の狐火》
暮れた木々の間に橙の火が点々と現れる。大晦日、王子の装束榎に集まる狐火という伝説を描いたもので、広重が発光する狐を目撃したという記録ではない。メトロポリタン美術館のJP2523 [19]は一八五七年の現物として長い日本語題名を保存する。祭の明るさ、花火、雪の白、狐火の暗さは一つの連作の中にあり、広重を単一の「風景の雰囲気」に閉じ込めない。

四季の目録をどう読むか
梅素亭玄魚の目録は春42、夏30、秋26、冬20の計118図を並べる。二代による後補は119番目の図柄で、第五の季節ではない。下の検索表はJapan Searchで示される東京国立博物館の日本語目録記述 [6]の略称を用いる。略称は作品を探す手がかりで、各摺りの画面の文字を完全に転写したものではない。
四季の順には鑑賞の楽しみがあるが、摺られた月の順と一対一ではない。七夕が秋の目録にあることは、その好例だ。玄魚の目録は初代没後の資料なので、初代自身の最終的な配列としても断定しない。東京藝術大学大学美術館 [3]の完本は一九一〇年に東京美術学校のために収集され、後に合冊から一枚ずつへ保存処置された。個別の画帖には肖像などが添うこともあるが、それらを「百二十番目の江戸の景」に加えてはいけない。標準的な組の数と一つの画帖に綴じられた物の数は別だ。
摺りは図柄と同じではない
同じ版木の図柄でも紙、摩耗、新しい版木、色の選択、摺圧、退色、後の扱いで見え方が変わる。亀戸梅の四状態は、コレンバーグが多数の現物の線と色を比べた研究に基づく。大英博物館の論考 [8]は、赤い空と後の紫の帯が単なる写真の違いでないことを示す。《大はしあたけの夕立》の舟と彫りの痕跡も、同館が同定した現物に結びつく。本頁の画像のうち所蔵番号のある五点と、元の摺りが不明の所有者提供五点は、キャプションで必ず分ける。
著作権の条件も現物の同定とは別に確認する。メトロポリタン美術館のOpen Access方針 [9]を満たす五画像を掲載し、所有者提供の五画像はパブリックドメインとして使う。大英博物館、サントリー美術館、国立国会図書館の資料を研究に用いたことを、そのサイトの画像を無条件で転用できるという意味にはしない。
後の鑑賞者へ
ファン・ゴッホと《亀戸梅屋舗》の関係は、持っていた摺り、格子による写し、油彩の改作が残るため具体的にたどれる。大英博物館の展示解説 [1]は《大はしあたけの夕立》に応じた《雨中の橋》も挙げる。しかしヨーロッパ絵画のすべての斜線や近景を広重由来と決める根拠にはならない。まず江戸の読者にとっての庭、橋、祭、郊外、季節の記憶を読む。その上で海を越えた再解釈を追う方が、この連作の複数の生を尊重できる。
江戸百景の119図を探す
東京国立博物館の目録記述にある日本語の略称を、没後の四季の内容順に並べたものです。個々の摺りの刊行日や画面の全ての文字を示すものではありません。目録の出典 [6]。
119図中119図を表示
| 番号 | 日本語の目録名 | 目録の組 | 署名の組 |
|---|---|---|---|
| 1 | 日本ばし | 春 | 初代広重の署名図 |
| 2 | 霞が関 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 3 | 山下御門内 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 4 | 永代白魚船 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 5 | 両国ノ相撲 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 6 | 初音の馬場 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 7 | 大伝馬町 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 8 | 駿河町 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 9 | 八辻が原 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 10 | 神田明神 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 11 | 上野清水 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 12 | 同山下 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 13 | 同広小路 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 14 | 日暮里 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 15 | 同諏訪 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 16 | 千駄木団子坂 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 17 | 飛鳥山 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 18 | 王子いなり | 春 | 初代広重の署名図 |
| 19 | 同大滝 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 20 | 川口のわたし | 春 | 初代広重の署名図 |
| 21 | 芝あたご | 春 | 初代広重の署名図 |
| 22 | ふる川 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 23 | 千代が崎 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 24 | 目黒新ふじ | 春 | 初代広重の署名図 |
| 25 | 同元ふじ | 春 | 初代広重の署名図 |
| 26 | 八景坂 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 27 | 蒲田の梅 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 28 | 御てん山 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 29 | 砂むら | 春 | 初代広重の署名図 |
| 30 | 梅屋しき 本頁の画像:亀戸梅屋舗 · 見る | 春 | 初代広重の署名図 |
| 31 | 吾妻森 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 32 | やなきしま | 春 | 初代広重の署名図 |
| 33 | 四ツ木の引舟 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 34 | 墨水夜景 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 35 | 水神の杜 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 36 | 真先の辺 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 37 | 今戸の煙 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 38 | 新吉原 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 39 | 大川ばし | 春 | 初代広重の署名図 |
| 40 | 関口水道端 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 41 | 市谷八幡 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 42 | 玉川堤 | 春 | 初代広重の署名図 |
| 43 | 日本橋 | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 44 | おなしく通一丁め | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 45 | 八つ見のはし | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 46 | 鎧のわたし | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 47 | 昌平はし | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 48 | 水道橋 本頁の画像:水道橋駿河台 · 見る | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 49 | 王子不動のたき | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 50 | 十二荘 | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 51 | 糀まち | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 52 | 赤坂桐はたけ | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 53 | 増上寺 | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 54 | 外さくら田 | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 55 | 佃住よし | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 56 | 万年はし 本頁の画像:深川萬年橋 · 見る | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 57 | 中洲 | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 58 | 大はしの夕立 本頁の画像:大はしあたけの夕立 · 見る | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 59 | 両国川船中 | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 60 | 同大かははた | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 61 | 首尾の松 | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 62 | こまかた堂 | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 63 | あやせ川 | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 64 | ほり切 | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 65 | 亀戸の藤 | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 66 | 五百羅かむ | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 67 | 逆井 | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 68 | 深川八まん山開 | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 69 | 三十三けん堂 | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 70 | 中川くち | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 71 | とねかは | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 72 | はねた | 夏 | 初代広重の署名図 |
| 73 | 市中の七夕 本頁の画像:市中繁栄七夕祭 · 見る | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 74 | 大丸屋 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 75 | 紺屋町 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 76 | 京ばし | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 77 | 鉄炮洲 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 78 | つきぢ | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 79 | 芝明前 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 80 | 金杉橋 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 81 | 高なは | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 82 | 月の岬 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 83 | 品川洲崎 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 84 | 目黒爺茶や | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 85 | 紀伊くに坂 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 86 | 内藤新宿 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 87 | 井の頭 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 88 | 滝の川 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 89 | 月の松弁天 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 90 | 猿若街 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 91 | 向島秋葉 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 92 | 木母寺 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 93 | にい宿 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 94 | 真間 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 95 | 鴻の台 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 96 | 堀江猫実 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 97 | 小名木川の松 | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 98 | 両国の花火 本頁の画像:両国花火 · 見る | 秋 | 初代広重の署名図 |
| 99 | 浅草寺の雪 | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 100 | 日本堤 | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 101 | 酉の市 本頁の画像:浅草田甫酉の町詣 · 見る | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 102 | 三川しま | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 103 | 千住大橋 | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 104 | 小梅つゝみ | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 105 | 御厩川岸 | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 106 | 木場 | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 107 | 十万坪 本頁の画像:深川洲崎十万坪 · 見る | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 108 | 芝浦 | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 109 | さめ洲 | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 110 | 千束の池 | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 111 | 目黒太鼓橋 本頁の画像:目黒太鼓橋夕日の岡 · 見る | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 112 | 藪小路 | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 113 | とらのもん | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 114 | ひく尼はし | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 115 | 高田の馬場 | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 116 | 姿見のはし | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 117 | ゆしま天神 | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 118 | 王子装束榎 本頁の画像:王子装束ゑの木大晦日の狐火 · 見る | 冬 | 初代広重の署名図 |
| 119 | 赤坂桐畑雨中夕けい | 後補 | 二代広重 |
よくある質問
題名の「百」は端数までの数ではない。初代広重の署名図118、二代の追加一図、別の目録一枚で、通常は図柄119、全120枚と数える。静岡市東海道広重美術館 [2]が区別する。
違う。没後の梅素亭玄魚の目録の四季順であり、サントリー美術館 [4]は個別の改印の日付と一致しない場合を挙げる。出版年月の復元表としては使えない。
一図は二代広重が一八五九年に追加した。初代の署名図118のうち、没後の日付を持つ三図にも制作関与の問いが残る。サントリー美術館の整理 [4]に従い、署名と制作過程を分ける。
画像は現物の摺り、後の摺り、図柄の再現のいずれかを写す。個別の紙を説明するには所蔵館、番号、日付、印、保存状態と画像の権利を確かめる。本頁の所蔵番号付きの五点と所有者提供の五点は区別して記す。
《亀戸梅屋舗》への応答である《花咲く梅の木》と、《大はしあたけの夕立》への応答である《雨中の橋》が記録される。大英博物館の調査 [8]は前者について彼が所有した摺りと油彩の関係まで検討する。
読者との対話
一枚ごとに江戸とその周辺の見方が変わります。
鑑賞の手がかり
目の前の物が名所の見え方を変える図はどれでしょう。
題名を見ずに季節を感じる図はどれでしょう。
同じ図柄の二つの摺りを比べると何が変わりますか。
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参考資料
- 大英博物館、広重展の作品解説。
- 静岡市東海道広重美術館、『名所江戸百景』展。
- 東京藝術大学大学美術館、完本の所蔵と修復。
- サントリー美術館、連作の成立と目録。
- 大英博物館、題名・目録の所蔵品。
- Japan Searchに掲載された東京国立博物館の119図目録。
- 国立国会図書館、名所の歴史、駿河台、目黒。
- 大英博物館、亀戸梅の版の状態に関するコレンバーグの研究。
- メトロポリタン美術館、Open Access画像方針。
- 大英博物館、水道橋の所蔵品と浅草の所蔵品。
- ボストン美術館の出版プレビュー。
- 大英博物館の発表
- 国立国会図書館の作品記録
- メトロポリタン美術館のJP1184
- メトロポリタン美術館のJP62
- メトロポリタン美術館JP642
- 国立国会図書館の新吉原周辺の資料
- メトロポリタン美術館のJP2520
- メトロポリタン美術館のJP2523






