伊藤若冲《動植綵絵》

著者:
Tom Gurney は美術史を20年以上研究しています。英国サルフォード大学 BSc (Hons)。
日本語版 最終更新:2026年9月24日
メール:tomgurney1@gmail.com / 電話:+44 7429 011000

三十幅の題名、年代、寸法を所蔵館の記録からたどり、相国寺への寄進と彩色材料の研究を読む。

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はじめに

伊藤若冲の《動植綵絵》は、絹に彩色した三十の掛幅からなる。鳥や花を描いた一枚の巨大な画面でも、印刷された図譜でもない。芍薬と蝶、雪中の鴛鴦、鶏と植物、魚、貝、虫が、同じような縦長の寸法を持つ別々の絵として並ぶ。文化庁の国宝データベース [1]は三十幅すべての題名と寸法を示し、制作・寄進の経過を説明する。皇居三の丸尚蔵館 [2]は一つの作品群として収蔵し、三十の構成作品に個別の管理番号を付けている。

若冲はこの連作を相国寺へ段階的に寄進した。寺に伝わる別作品《釈迦三尊像》とともに儀式に用いられたと三の丸尚蔵館 [2]は記す。二〇一二年にワシントンのナショナル・ギャラリー [4]で三十幅と三尊像が再び組み合わされた展示も、その関係を踏まえていた。花鳥を生きものの精密な絵として楽しむことと、仏教の場での役割を考えることは両立する。宗教画だから観察が浅いわけでも、細密だから信仰から離れているわけでもない。

この案内では三十幅の現物ごとの記録へ直接進める。下の一覧は、文化庁の題名・寸法と三の丸尚蔵館の各子作品を照合したものだ。題材や館の年代表示で絞り込めるが、一覧の番号は各幅を描いた厳密な順序を示さない。若冲の仕事を他の素材まで広げるには画家の案内を、錦市場や相国寺との関係を年代順にたどるには生涯を参照できる。

三十幅と付属史料

問い 史料に基づく答え
何点あるか 彩色した掛幅は三十。三の丸尚蔵館の組作品記録 [2]には、付属する寄進状一幅と売茶翁の一行書一幅も記載される。付属史料を第三十一、第三十二の花鳥画として数えない。
誰が所蔵するか 文化庁の記録 [1]は国を所有者、皇居三の丸尚蔵館を保管施設とする。国宝指定は二〇二一年。
いつ作ったか 一七五八年の年記より前に着手し、一七六一年までに十二幅、一七六五年に三尊像と二十四幅を寄進、一七六六年十一月までに全三十幅が完成。文化庁 [1]。
三十幅の制作年はすべて確定するか 年記のあるのは七幅と文化庁 [1]は説明する。子作品ページの「以前」「頃」という表示を、年記に書かれた確定年と混同しない。
画像はどこで見るか 一覧の各行から所蔵館の現物記録へ移動できる。館の写真使用方針 [3]は別途申請を求めるため、当ページへ写真は転載していない。

三十幅という構想

作品群の数と大きさに注目すると、一幅だけを拡大して見るのとは別の姿が現れる。文化庁の寸法一覧 [1]では高さはおおむね一四二センチ、幅は約七九~八〇センチにそろう。近い大きさの縦長画面が三十枚あれば、寺の広い空間で反復と変化を生むことができる。一幅では花が広がり、別の一幅では鶏の体や足が占め、また別の幅では魚や虫が視線を引き寄せる。鳥の絵を三十回繰り返す企画ではなかった。

「動植綵絵」という名は、若冲の寄進状の文言によると文化庁の詳細解説 [1]は述べる。「花鳥画」という美術史の呼び方は役立つが、この組作品には魚、貝、虫、水の動きも含まれる。題名を一覧して初めて、若冲が生命の世界をどれほど幅広い画題にしたかが分かる。種名を一つずつ確定することだけが目的ではない。どう配置され、どの素材で描かれ、隣の幅とどんな関係をつくるかも問える。

制作は一度の集中作業ではない。最も早い年記は宝暦八年(一七五八)だが、それ以前に描き始めたと文化庁 [1]は推定する。宝暦十一年(一七六一)までに十二幅、明和二年(一七六五)には二十四幅と三尊像が寄進され、明和三年十一月(一七六六)までに全三十幅となった。各子作品の所蔵館ページは、具体的な年だけでなく「一七六一年以前」「一七六五年以前」「一七六六年頃」という形でも年代を示す。この区別を守るため、一覧のフィルターは広い年代帯として読む。何番目の幅を何月何日に描いたかという表ではない。

家族の供養が制作の契機だったかについて、国宝の解説 [1]は末弟の死や父の回忌を可能性として挙げる。一七七〇年に父母と自身の位牌に寄進を記して寺へ納めたことは、別の手掛かりである。これらを、三十幅すべてを始めた唯一の心理的理由へ変えてはならない。約十年という継続期間、段階的な寄進、寺院の儀礼での使用という確かな枠組みの中で、動機の仮説を検討できる。

一覧の使い方――題名、題材、年代

三十幅の所蔵品一覧

題名・年代表記・寸法は所蔵館の個別記録で照合済みです。題材の分類は閲覧用であり、制作順を示しません。

題材
年代

  1. 01

    芍薬群蝶図

    宝暦7~8年(1757~58)頃 · 142.0×79.8 cm · SZK002949-001

    所蔵館で作品を見る

  2. 02

    梅花小禽図

    宝暦8年(1758) · 142.7×79.5 cm · SZK002949-002

    所蔵館で作品を見る

  3. 03

    雪中鴛鴦図

    宝暦9年(1759) · 142.0×79.8 cm · SZK002949-003

    所蔵館で作品を見る

  4. 04

    秋塘群雀図

    宝暦9年(1759) · 142.8×80.1 cm · SZK002949-004

    所蔵館で作品を見る

  5. 05

    向日葵雄鶏図

    宝暦9年(1759) · 142.3×79.7 cm · SZK002949-005

    所蔵館で作品を見る

  6. 06

    紫陽花双鶏図

    宝暦9年(1759) · 142.9×79.7 cm · SZK002949-006

    所蔵館で作品を見る

  7. 07

    大鶏雌雄図

    宝暦9年(1759) · 142.3×79.1 cm · SZK002949-007

    所蔵館で作品を見る

  8. 08

    梅花皓月図

    宝暦11年(1761)以前 · 142.3×79.9 cm · SZK002949-008

    所蔵館で作品を見る

  9. 09

    老松孔雀図

    宝暦11年(1761)以前 · 142.9×79.6 cm · SZK002949-009

    所蔵館で作品を見る

  10. 10

    芙蓉双鶏図

    宝暦11年(1761)以前 · 143.4×79.9 cm · SZK002949-010

    所蔵館で作品を見る

  11. 11

    老松白鶏図

    宝暦11年(1761)以前 · 142.6×79.7 cm · SZK002949-011

    所蔵館で作品を見る

  12. 12

    老松鸚鵡図

    宝暦11年(1761)以前 · 142.6×79.7 cm · SZK002949-012

    所蔵館で作品を見る

  13. 13

    芦鵞図

    宝暦11年(1761) · 142.6×79.5 cm · SZK002949-013

    所蔵館で作品を見る

  14. 14

    南天雄鶏図

    明和2年(1765)以前 · 142.6×79.9 cm · SZK002949-014

    所蔵館で作品を見る

  15. 15

    梅花群鶴図

    明和2年(1765)以前 · 141.8×79.7 cm · SZK002949-015

    所蔵館で作品を見る

  16. 16

    棕櫚雄鶏図

    明和2年(1765)以前 · 142.7×79.7 cm · SZK002949-016

    所蔵館で作品を見る

  17. 17

    蓮池遊魚図

    明和2年(1765)以前 · 142.6×79.7 cm · SZK002949-017

    所蔵館で作品を見る

  18. 18

    桃花小禽図

    明和2年(1765)以前 · 142.6×79.4 cm · SZK002949-018

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  19. 19

    雪中錦鶏図

    明和2年(1765)以前 · 142.3×79.5 cm · SZK002949-019

    所蔵館で作品を見る

  20. 20

    群鶏図

    明和2年(1765)以前 · 142.6×79.7 cm · SZK002949-020

    所蔵館で作品を見る

  21. 21

    薔薇小禽図

    明和2年(1765)以前 · 142.6×79.7 cm · SZK002949-021

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  22. 22

    牡丹小禽図

    明和2年(1765)以前 · 142.7×80.0 cm · SZK002949-022

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  23. 23

    池辺群虫図

    明和2年(1765)以前 · 142.3×79.7 cm · SZK002949-023

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  24. 24

    貝甲図

    明和2年(1765)以前 · 142.2×79.7 cm · SZK002949-024

    所蔵館で作品を見る

  25. 25

    老松白鳳図

    明和3年(1766)頃 · 141.8×79.7 cm · SZK002949-025

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  26. 26

    芦雁図

    明和3年(1766)頃 · 142.6×79.7 cm · SZK002949-026

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  27. 27

    諸魚図

    明和3年(1766)頃 · 142.6×79.4 cm · SZK002949-027

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  28. 28

    群魚図

    明和3年(1766)頃 · 142.6×79.4 cm · SZK002949-028

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  29. 29

    菊花流水図

    明和3年(1766)頃 · 142.7×79.1 cm · SZK002949-029

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  30. 30

    紅葉小禽図

    明和3年(1766)頃 · 142.3×79.7 cm · SZK002949-030

    所蔵館で作品を見る

作品の写真は所蔵館の記録で閲覧できます。館の画像使用には別途申請が必要です。

下の一覧は文化庁の三十幅目録 [1]を起点とし、一件ずつ三の丸尚蔵館の構成作品記録 [2]へ照合した。各行に日本語題名、館の年代表記、寸法、管理番号を残したのは、似た主題の幅を取り違えないためだ。英語にすると「鶏」「鳥」「小禽」などの区別が緩みがちである。現物を確認する際は管理番号 SZK002949-001 から -030 までを手掛かりにできる。

題材フィルターは「鳥と花」「水と魚」「虫と貝」のような入口を用意する。絵の中には複数の種類の生きものがいるため、これは厳密な生物分類ではなく編集上の見方である。例えば《芍薬群蝶図》は花と蝶の双方に関わる。「全三十幅」に戻せば国宝データベースの一覧順を確かめられる。館の年代帯で絞り込むと、初期と後期にどのような画題が並ぶかが見える。ただし、フィルター順を掛けるたびに「制作順」が復元されるわけではない。

《芍薬群蝶図》、管理番号001 [6]には宝暦七~八年(一七五七~五八)頃という館の表示がある。《梅花小禽図》、002 [7]は一七五八年とされる。蝶、芍薬、梅、小鳥という題名だけでも、植物と動物が互いの大きさや動きを組み立てる様子を考えられる。ナショナル・ギャラリー [4]は《芍薬群蝶図》の表裏からの彩色を紹介し、大典顕常が一七六〇年に詩的な題を与えたことにも触れる。一七六〇年の命名は絵を描き始めた日の記録ではない。

後期の《諸魚図》、027 [10]と《群魚図》、028 [11]は、どちらも一七六六年頃という所蔵館の表示を持つ。「花鳥」の一語に回収できない魚の世界がある。東京文化財研究所の彩色材料調査 [5]は、これらの絵の特定の魚の青色を比べ、異なる材料を見いだした。題名が近い二幅でさえ、同じ青の塗り方とは言えない。

題名から広がる四つの見方

鳥の絵といっても、同じ鶏が繰り返されるわけではない。《向日葵雄鶏図》、005 [12]から《老松鸚鵡図》、012 [14]までには、雄鶏、二羽の鶏、雌雄、白鶏、鸚鵡など、異なる生きものと組み合わせがある。同じ縦長の絹の中で、鳥の体と植物の占める場所はどう変わるか。題名の「鳥」という共通項は比較の入口であって、結論ではない。一幅ずつ館の写真を開いて、植物の高さや鳥の重心を確かめたい。

植物にも幅がある。梅、向日葵、紫陽花、芙蓉、老松、棕櫚、薔薇、牡丹といった名が文化庁の一覧 [1]に並ぶ。松の枝と草花の茎とでは、縦画面を支える線の性質が異なるはずだ。ただし、特定の枝がどう曲がるか、葉が何枚あるかは、題名から確定できない。植物フィルターは作品画像への入口を作るものであり、題名だけを読んで現物の細部を描写する装置ではない。

水に関わる幅を取り出すと、《蓮池遊魚図》、017 [15]、《諸魚図》、027 [10]、《群魚図》、028 [11]、《菊花流水図》、029 [16]が並ぶ。蓮池という生息の場、複数の魚、水の流れは、同じ「水の絵」で片付けられない。後期の二つの魚図については彩色材料の分析があり、題名の近さと制作技法の違いを同時に考えることができる。水の幅だけでも三十幅の制作年代帯をまたぐ。

小さな生きものを題名で探すと《芍薬群蝶図》、001 [6]、《池辺群虫図》、023 [17]、《貝甲図》、024 [18]が出る。虫や貝が他の幅に描かれていないという意味ではない。このフィルターは題名に明示された手掛かりだけを拾う。大きな鶏を見る距離と、蝶や虫を追う距離は変わりうる。文化庁の解説 [1]がいう観察と意匠の両立を、小さな生物でも検討したい。

四つの入口は重なり合う。《芍薬群蝶図》には花と蝶があり、《蓮池遊魚図》には植物と魚がある。フィルターの件数を単純に足して三十にならないのは誤作動ではなく、作品を一つの区分へ押し込まなかった結果である。各行に管理番号を残したのは、分類の先に現物があることを示すためでもある。

年代と掛け方を混同しない

三十幅の一覧は番号で一列に進む。しかし相国寺での鑑賞は、三尊像を含む室内で行われた。三の丸尚蔵館の組作品記録 [2]は儀式での使用を伝え、後世の展覧会履歴も載せるが、十八世紀のある法要で三十幅を左右にどう掛けたかを完全に再現する図面ではない。現代のウェブ順を、そのまま当時の壁面写真のように扱わない。このページの番号は所蔵品を探し、照合するための順序である。

制作年についても集合と一幅の証拠を分ける。文化庁 [1]は着手、十二幅、二十四幅の寄進、完成という大きな節目を示す。年記は七幅であり、残る幅の所蔵館の「以前」「頃」は考証を伴う年代ラベルだ。「一七六五年以前」は五年間のどの日かを特定しないし、「一七六六年頃」は一七六六年のある月に署名したという意味でもない。題材と年代のフィルターを組み合わせても、制作日が新たに確定するわけではない。

この区別は画風の変化を語るときにも役立つ。二つの太陽の赤や魚の青を比べる研究には、特定の幅と測定箇所がある。しかし全三十幅を、初期は単純で後期は複雑、と一直線に並べるには証拠が不足する。同じ画題へ戻ることも、複数の技法を並行して使うこともありうる。比較が二幅に関するものか、連作全体に及ぶものかを確かめながら読み進めたい。

修理と科学調査が教えること

平成十一~十六年度(一九九九~二〇〇四)の修理では、三十幅を科学的に調べる機会も得られた。東京文化財研究所の早川泰弘による報告 [5]は、全三十幅に蛍光エックス線分析を行い、合計九一九箇所を測定したと記す。表裏とも調べられたのは十七幅、表側だけだったのは十三幅。修理の進行に合わせた調査であり、裏を調べていない幅について「裏彩色が存在しない」と結論することはできない。

蛍光エックス線分析は元素を検出する方法で、そのまま絵具の名前を読み取る魔法ではない。薄い絹では表から測っても裏の色の元素が重なることがあり、有機染料はこの方法だけでは分かりにくい。例えば銅を検出したという結果だけで、青や緑のどの銅系顔料かは決まらない。早川の報告は可視分光など別の観察を組み合わせて具体的な色を検討している。測定値と、複数の証拠から導いた材料名を区別することが、美術作品の科学的な説明では大切である。

全三十幅でカルシウムを多く含む白が確認され、研究者は胡粉が最も可能性の高い材料とする。一方、鉛白は白の箇所に見いだされなかった。赤にも一種類だけではない変化がある。《老松白鶏図》、011 [8]と《老松白鳳図》、025 [9]の右上に描かれた似た太陽では、前者に水銀主体の赤、後者に水銀と少量の鉛を含む赤が認められ、後者はやや橙色に寄ると研究報告 [5]は説明する。二つの太陽の比較を、二幅の赤全体の性質へ広げないようにしたい。

魚の青にはさらに大きな発見がある。《群魚図》、028 [11]のルリハタの一部はプルシアンブルーを支持する分析結果、同じ幅の小魚には群青が認められた。また《諸魚図》、027 [10]の鰹には藍が確認されたと早川は述べる。蛍光エックス線だけでなく可視分光の結果も用いた判断である。驚くべき材料名を見つけても、「《動植綵絵》の青はすべてプルシアンブルー」と一般化すれば研究の精度を損なう。比較できるのは、報告が測った魚の部分である。

三尊像と寺院での使われ方

三十幅は独立した名画の集まりとしてだけでなく、相国寺の《釈迦三尊像》との関係から見たい。三の丸尚蔵館 [2]は両者が儀式に用いられたと記し、二〇一二年のワシントン展 [4]は本来の結びつきを示すため再び展示した。三尊像は三の丸尚蔵館の三十幅とは別の、相国寺に伝わる作品である。一緒に展示されたことから同じ所有者になったとは言えない。

当時の掛け方を現在のウェブ一覧から完全に再現することもできない。三十幅を一度にどう並べたか、行事ごとに掛け替えたかという問いは、展示史や寺院文書をさらに要する。このページの番号順は閲覧と照合のためにある。三尊像を中心に生命の絵を見たという歴史的役割を忘れず、かといって館のカタログ順を十八世紀の壁面配置として掲げない。ここに「連作」を説明する難しさと面白さがある。

《芍薬群蝶図》の色彩、魚の青、鶏の赤い太陽をそれぞれ比べると、若冲が同じ規格の絹の中で複数の技術を試したことが見えてくる。仏教の場への寄進という共通の目的と、一幅ごとの素材選択・構図は矛盾しない。三十幅という単位を守るとともに、一幅の個性を所蔵館の現物記録で確かめることが必要だ。

相国寺から現在まで

文化庁の国宝記録 [1]によれば、連作は相国寺から明治二十二年(一八八九)に皇室へ献上され、平成元年(一九八九)に国へ移った。令和三年(二〇二一)に国宝指定を受ける。これらは現物の伝来と制度上の位置づけの変化であり、画家自身が没後に移動を決めたという話ではない。所蔵館の組作品ページ [2]は、寄進状と売茶翁の一行書を付属史料として数える。制作、寄進、伝来を確かめる資料と、絵画三十幅を取り違えない。

作品は時代ごとに違う形で公開されてきた。三の丸尚蔵館の展示履歴 [2]には、国内での全三十幅展や選択展示、二〇一二年のアメリカ、二〇一八年のフランスでの展示が記録される。会場で全三十幅を見せた館が、必ずしも所蔵館になったわけではない。展覧会用の広報画像がウェブ上にあることも、別の商用サイトがその画像を自由にコピーできるという意味ではない。

皇居三の丸尚蔵館の画像使用方針 [3]は収蔵作品の写真利用に申請を求める。電子媒体に関する条件は、このサイトの画像制作規格とも一致しない。そのため各幅の写真をこのページで複製せず、公式の個別記録へリンクする。冒頭に置く文字の図は三十幅の構成を示すための図版であり、若冲作品の代替複製ではない。画題・年代・寸法・所蔵番号を揃えた一覧なら、画像を無断転載しなくても三十幅の広がりを具体的に伝えられる。

若冲の画業の中での位置

三十幅は若冲の中年期を代表するが、その前後の作品と切り離しては見られない。メトロポリタン美術館の一七五五年《月下白梅図》 [19]は《動植綵絵》で最も早い年記より前に描かれた。連作には《梅花小禽図》、002 [7]や《梅花皓月図》、008 [20]もある。梅や月への関心が続いたことは比較できるが、一七五五年のメトロポリタン美術館の絵を、証拠もなく三十幅のための下絵と呼ぶことはできない。似た主題と、同一の制作工程とは別の話である。

鶏も同様だ。メトロポリタン美術館の一七九二年の鶏と葡萄の掛軸 [21]は、連作完成から四半世紀ほど後の作品である。三十幅の《向日葵雄鶏図》、005 [12]や《群鶏図》、020 [22]と比べれば、題材が戻っても素材、周囲の植物、用途が変わることを考えられる。しかし一七九二年の開放画像を、三の丸尚蔵館の《群鶏図》の写真としてここへ置けば、作品そのものを取り違える。各行に個別管理番号を入れた理由がここにもある。

連作の制作期には水墨の《豌豆豆図》 [23]もあり、完成直後には大典の詩を添えた木版の《乗興舟》 [24]がある。十年間、若冲が絹本着色だけを描いていたのではない。異なる素材や人間関係が並行していた中で、《動植綵絵》は相国寺へまとまった大規模な寄進として特別な位置を持つ。画業の全体像と、三十幅という共同の目的の双方を見る必要がある。

展覧会が変える見え方

三の丸尚蔵館の展示履歴 [2]は、三十幅をすべて公開した展覧会と一部を選んだ展覧会を区別する。選択展示では季節、画題、所蔵品同士の関係が強調され、全三十幅の展示では量と反復を体感できる。どちらも十八世紀の相国寺での法要そのものではない。現在の展示順は学芸上の判断を含む新しい歴史の層であり、元の掛け方の完全な再現と呼ぶには別の根拠が要る。

二〇一二年のナショナル・ギャラリー展 [4]は修理後の三十幅をアメリカで一か月公開し、相国寺の三尊像と再び一緒に展示した。所蔵館の記録 [2]には二〇一八年のパリ、プティ・パレ美術館での展示も載る。海外で公開されたことは作品の所有者が移ったことを意味しない。同じ幅でも展覧会の広報写真と所蔵館の収蔵品写真では撮影条件や利用規約が異なりうる。

修理は研究者に新しい見方も与えた。表からだけでなく一部の絹裏を測ることができ、色の元素を比較できた。一方で、早川の報告 [5]自身が分析法の限界を説明している。九一九地点は大きな調査だが、描かれた面のすべてを測ったわけではない。文書、画面の観察、材料分析を往復し、個別の絵具や年代について新しい研究が出れば修正する。この慎重さこそ三十幅を尊重する読み方になる。

比べて見るための四つの問い

第一に、同じ一七五九年とされる《向日葵雄鶏図》、005 [12]と《紫陽花双鶏図》、006 [13]では、植物と鶏の量感はどう変わるか。第二に、《諸魚図》 [10]と《群魚図》 [11]では題名も素材分析もどこで重なり、どこで異なるか。第三に、一幅を掛けた場合と、三尊像と三十幅の関係を想像した場合では、どの細部に目が向くか。第四に、所蔵館の年代表示の「頃」「以前」を消すと、どんな誤解が生じるか。

これらの問いへの答えを、当ページの題名だけで決める必要はない。各行の所蔵品リンクから写真と記録を開き、画面の構図を確かめ、必要なら保存科学の報告に戻る。三十幅の全体と一幅の細部、十八世紀の寄進と現在の国宝制度、視覚的な驚きと科学的な測定を往復することで、《動植綵絵》を一枚の有名画像に縮めずに理解できる。

三十幅をどう読むか

所蔵館で実際の幅を見比べ、題材、色、寺院での使われ方について気づいたことを共有してください。

読者の気づき

同じ題材、異なる画面

鶏を描く二幅では植物と鳥の関係がどう違いますか。

青の材料

《諸魚図》と《群魚図》のどの部分を比べたいですか。

三尊像との関係

一幅を見るときと三十幅を儀式の場で想像するときでは何が変わりますか。

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参考資料

  1. 文化庁、国指定文化財等データベース「絹本著色動植綵絵」。三十幅の題名・寸法、制作と寄進、伝来、国宝指定。
  2. 皇居三の丸尚蔵館、《動植綵絵》組作品記録。構成作品、付属史料、展示歴。
  3. 皇居三の丸尚蔵館、収蔵作品等の写真使用について。画像申請と電子媒体の条件。
  4. ナショナル・ギャラリー、二〇一二年《動植綵絵》展。三尊像と展示、修理、色彩技法。
  5. 早川泰弘「伊藤若冲『動植綵絵』の彩色材料について」、東京文化財研究所。修理時の九一九地点測定、具体的な色の比較。
  6. 三の丸尚蔵館、《芍薬群蝶図》、管理番号001。初期幅の年代と寸法。
  7. 三の丸尚蔵館、《梅花小禽図》、管理番号002。初期幅の年代と寸法。
  8. 三の丸尚蔵館、《老松白鶏図》、管理番号011。赤い太陽の比較対象。
  9. 三の丸尚蔵館、《老松白鳳図》、管理番号025。赤い太陽の比較対象。
  10. 三の丸尚蔵館、《諸魚図》、管理番号027。魚の幅。
  11. 三の丸尚蔵館、《群魚図》、管理番号028。魚の幅。
  12. 三の丸尚蔵館、《向日葵雄鶏図》、管理番号005。鶏と植物の比較。
  13. 三の丸尚蔵館、《紫陽花双鶏図》、管理番号006。鶏と植物の比較。
  14. 《老松鸚鵡図》、012
  15. 《蓮池遊魚図》、017
  16. 《菊花流水図》、029
  17. 《池辺群虫図》、023
  18. 《貝甲図》、024
  19. メトロポリタン美術館の一七五五年《月下白梅図》
  20. 《梅花皓月図》、008
  21. メトロポリタン美術館の一七九二年の鶏と葡萄の掛軸
  22. 《群鶏図》、020
  23. 《豌豆豆図》
  24. 《乗興舟》