猫の当字、東海道の地口、役者に見立てた団扇絵と怪猫。国芳の猫を所蔵品から読みます。

はじめに
何匹もの猫が体を寄せて文字を作る。東海道の宿場名の横では、別の猫たちが毛づくろいし、丸まり、食べ物に近づく。団扇絵では猫が役者や『源氏物語』の人物を演じ、怪談の三枚続きでは人間よりはるかに大きな猫の顔が現れる。歌川国芳の「猫の絵」を一種類の愛玩動物画としてまとめると、見る人が解くべき仕掛けが消えてしまう。太田記念美術館の「江戸にゃんこ」作品目録 [1]には、当字、地口、芝居、日常、怪異が別々の題名と年代で並ぶ。2024年の団扇絵展の目録 [2]は、早い時期の猫の役者絵について日本語と英語の題名を併記している。
猫への親しみは出発点だろう。しかし「国芳は猫好きだった」で終えては、猫の背中がなぜ文字の線になり、何をもじって東海道の宿場が猫に置き換わり、怪猫がどのような舞台の場面に現れるのかを説明できない。このページでは、まず猫の体の描き方を見てから、文字を作る猫、旅の地口、役を演じる猫、化け猫の順に読む。画像には所蔵先と番号を添える。たとえばアムステルダム国立美術館の《猫飼好五十三疋》 [6]は三枚続きのうちの一枚であり、ボストン美術館の2019.193a–c [5]は三枚がそろう別の現物である。
まず確認したいこと
| 項目 | 資料から言えること |
|---|---|
| 主な制作時期 | 太田記念美術館の目録では団扇絵、猫の役者絵、当字の多くを1841~43年ごろに置き、その後も東海道の地口や怪猫などが続く。個々の年代には「頃」が付く。 |
| 《猫の当字》 | 《かつを》《たこ》《なまづ》《ふぐ》《うなぎ》など。猫の体を文字の形と重ねる。太田記念美術館の目録 [1]。 |
| 《其まゝ地口 猫飼好五十三疋》 | 東海道の五十三宿に江戸と京の両端を加えた地名を、猫の姿と言葉遊びに置き換えた大判三枚続き。ボストン美術館 [5]。 |
| 怪猫の絵 | アムステルダム国立美術館の1847年7月の三枚続き [7]は歌舞伎の怪猫場面。メトロポリタン美術館の岡崎の猫怪 [8]は1850年ごろの二枚続きで、同一作品ではない。 |
| 作者の取り違え | 小猫十九匹で大猫を形作る《猫の子の小猫を十九あつめ大猫とする》は国芳ではなく歌川芳藤。太田記念美術館目録、48番 [1]。 |
猫らしい動きが絵の土台になる
国芳の猫を面白くするのは、先に猫の姿が見え、その後で役や文字に気づける点である。背中を丸め、前脚を伸ばし、尾を曲げ、相手に身を寄せる。そうした体の形は、文字や芝居のために不自然に動かされたように見えても、実際の猫を思わせる。太田記念美術館の2023年目録 [1]には《猫と遊ぶ娘》(1845年ごろ)も、《猫のおどり》(1841年ごろ)も載る。題名が示す場面は異なり、一方の猫のしぐさをもう一方へそのまま当てはめるべきではないが、国芳が日常の動物と演じる動物の双方に関心を持ったことは確認できる。
人物と猫が同じ画面にいると、猫は人物像に小さな出来事を与える。抱き上げようとした手から逃げる、道具にじゃれる、ふと別の方を見る。特定の図版にその行動があるかは現物を見て確かめる必要がある。作品名だけから「この猫は何をしている」と決めないためである。この注意は、視覚的な魅力を弱めない。むしろ一枚を選び、どの脚と視線が場面を動かすかを拡大して示す方が、猫一般についての逸話を重ねるより絵をよく見せる。
猫が人間の役を演じる図でも、顔や体は全部人に変わらない。猫の横顔、ひげ、体の柔らかさを残しながら、衣装、構え、配置が役者らしさを生む。読む側は「猫」と「人物」の二つの見方を行き来する。太田記念美術館の2012年展 [3]は国芳本人だけでなく門人の猫絵も対象とした。展覧会に猫が多数あるという事実を、その全点が国芳の作であるという意味には使わない。
両国橋の夕涼みを猫が演じる
東京国立博物館所蔵の《猫のすゞみ》A-10569-5470 [11]は、十九世紀の団扇絵判の錦絵で、縦21.5、横28.9センチと記録される。船から降りる猫と迎える猫が手を近づけ、左奥にはもう一匹。背景には両国橋が長く伸び、人びとでにぎわう夏の夕景がある。猫の身振りだけでなく、船、橋、着物という人間の遊興の場面が絵の土台になっている。文字を作る《猫の当字》とは異なり、ここでは都市の場所を特定できる。
ColBaseの作品解説 [11]を手掛かりに細部を見ると、題名は鰹節に囲まれ、芸者猫の着物にはあわびやうなぎ、船頭猫の服には蛸がある。手拭いと提灯の「又」は「又たび」という言葉遊びに結び付く。客の猫の小判模様は「猫に小判」を思わせる。美術館は「又たび」が船宿の屋号かもしれない、と可能性として述べる。確定した店名と書き換えず、この推測の調子を残したい。元画像は3000×2246ピクセルで、衣装や提灯を切り出して説明する余地がある。
この絵をただ「猫を人間にしたかわいい絵」と見ると、団扇の曲線に合わせた構成や、橋の水平線、船と桟橋の接点が見落とされる。二匹の手が近づく中央に動きが集まり、左の猫はその場を少し離れて眺める。小さな文様には言葉の冗談が重なり、猫の姿を読んだ後でも新しい発見がある。両国橋の古写真を添えるなら、橋の名称、撮影年代、所蔵先、画像利用条件を別に確認しなければならない。版画の橋の景色を写真で「証明」するのでなく、同じ場所が後の時代にどう記録されたかを示す資料とする。
この図版はColBaseの利用規約 [12]で商用利用を含めた再利用が認められるが、出典表示と加工の明示が必要である。掲載用の1024ピクセル幅、JPEG品質80、144 dpiの画像は元の図を縮小・圧縮したもので、切り抜きや色の調整はしていない。細部のポップアップを作れば、その切り抜きも説明する。原図、作品番号、加工内容をそろえて残すことで、国芳の別の摺りや他館の画像と取り違えずに済む。
《猫の当字》――猫の体を文字として読む
《猫の当字》では、動物の姿と書かれた言葉が一つの画面で重なる。太田記念美術館の2023年目録 [1]の最初の五点は《かつを》《たこ》《なまづ》《ふぐ》《うなぎ》で、制作年を1842~43年ごろと記す。魚介の名を猫で書く選択には、餌をめぐる連想も働く。ただし作品を単純な「猫の好物一覧」と見るのは十分でない。観客はまず各猫を一匹の動物として見てから、離れて線のまとまりを文字として読む。太田記念美術館の2011年の国芳展 [4]も《かつを》を代表的な機知として挙げた。
文字を読めない場合、複数の猫が寄り集まった楽しい絵に見えるかもしれない。しかし言葉を知ると、曲がった背、脚、尾の向きが別の働きを始める。猫の体を極端に直線化すれば字は読みやすいが、猫は生きた姿を失う。自由に猫だけを描けば文字が崩れる。その間を保つところに、この連作の工夫がある。注釈画像を作るなら、完成した語だけをなぞるのではなく、どの猫が一画の役を受け持ち、どこで別の猫へつながるかを示したい。
この目録の図版は多くが個人蔵で、目録が読めることとウェブサイトに画像を再掲載できることは別である。個別の公開画像と商用利用条件を確認するまで、このページでは作品名と方法を説明し、私蔵品の小さい宣伝画像を拡大して使わない。特に小猫十九匹の大猫を《猫の当字》の代わりの図にしない。前者は太田記念美術館の分類 [1]では国芳の門人芳藤の作品で、猫を集めて大きな姿を作るという見かけ上の共通点があっても作者も狙いも同じではない。
《其まゝ地口 猫飼好五十三疋》――東海道を猫の姿に置き換える

「地口」は音や言い回しを引っ掛ける言葉遊びである。《其まゝ地口 猫飼好五十三疋》は東海道の宿場を猫の身振りと結び、三枚の画面に多くの短い場面を配置した。ボストン美術館の収蔵解説 [5]は、五十三宿に江戸と京を加えた五十五の地名が扱われると説明する。太田記念美術館の目録 [1]は1848年ごろ、アムステルダム国立美術館の現物 [6]は1847~50年と記す。二つの幅は別作品の証拠ではなく、現物記録の年代の示し方の違いである。
地名の札を残しながら、そこに普通ならある旅人や景色を猫の動きへ置き換える。東海道を知る人は道の順序と地名から、知らない人は猫たちの細かな出来事から画面へ入れる。ただし後者には、発音が鍵となる地口がそのまま伝わらない。このため日本語ページは歴史的な表記を残し、一つ一つの地口を解説するときは元の宿場名、猫側の言い換え、画面で確かめられる姿を併記する必要がある。国立国会図書館のレファレンス協同データベースに載る岡山県立図書館の回答 [10]は、この三枚続きを全図掲載する日本語の本を三冊案内している。個別の地口の読みは、実際にその説明と図版を照合してから載せる。
アムステルダム国立美術館の一枚を近くで見る
同館のAK-MAK-909 [6]は三枚続きのうちの一枚で、所蔵記録には縦354、横239ミリとある。上には編んだ容器へ身をかける猫、その隣には正面を向いて座る猫。中段の猫たちは重なり、斑模様と首輪によって体を見分けられる。下には背を丸める猫、縞のある猫、布や身近な物と関わる猫がいる。縦の赤い札が場面を区切るが、猫は規則正しく一列に並ばない。動作の異なる小さな集まりから、東海道という一本の道を読み出すのである。
背景には各宿場の建物や地形を逐一描かない。容器や布はそれぞれの小さな状況を作り、余白が猫の輪郭と文字を離して見せる。単なる「猫の落書き集」に見えても、赤い札の反復、大小の姿、間の取り方は構成された錦絵のものだ。観察できる形については、この現物の大きな画像を根拠に語れる。一方、札の一字から語呂合わせ全体を推測して訳すことは避ける。翻訳は、猫の絵が何に見えるかという説明とは別の資料確認を要する。
所蔵館の画像には現物の周囲や採寸用の目盛りも写っている。目盛りは江戸の版画に摺られた意匠ではなく、収蔵品を撮影した際の情報である。ページの全体画像はこの周辺を勝手に消さず、細部のポップアップは「AK-MAK-909からの切り抜き」と明記したい。三枚続きのうちの一枚を画面で独立させると、最初から最後まで旅を表したように見える危険もある。ボストン美術館の完全な三枚続き [5]と、全図を載せる書籍への図書館の案内 [10]を併記して範囲を示す。
版元は伊場屋仙三郎、改印には村田平右衛門と米良太一郎の名があるとアムステルダム国立美術館 [6]は記録する。一枚の猫の図でも、絵師、版元、検閲の印、彫りと摺り、現存する摺りという層がある。「国芳が印刷した」と一人にすべてを帰する説明より、それぞれの役割を示す方が作品の作り方を理解しやすい。これらの名前はこの館の現物について確かめられる事実で、ほかの猫絵すべてに同じ版元がいたという意味ではない。
《猫飼好五十三疋》の一枚を細部から読む
番号を選ぶと下の説明へ移り、細部の画像を選ぶと拡大します。切り抜きはアムステルダム国立美術館の4661×6666ピクセルの元画像から作成しました。現物の寸法に対して約496 dpiです。
出典:Rijksmuseum、AK-MAK-909 [6]。パブリックドメイン。細部は切り抜き・縮小。
注釈の説明
猫が芝居をする――団扇絵と役者の顔
太田記念美術館の2024年団扇絵目録 [2]には《猫のおどり》(1841年)、《猫の百面相 忠臣蔵》(1841年ごろ)、《二面朧猫絵》(1841~42年ごろ)、《猫の源氏 賢木》(1842年ごろ)などが載る。芝居の役を猫へ置き換える絵では、姿を見ただけでなく、役名、衣装、しぐさ、文字を合わせて読む。『忠臣蔵』や『源氏物語』を知る読者には別の連想も生じる。団扇絵判という形式は、鑑賞のための大判一枚摺りとは形も使われ方も違う。後に平らな紙として保存された現物を見ても、もとは丸い団扇を想定した図柄かどうか、館の記録と画面を確認するべきだ。
《猫の百面相》という題名を、現存する百枚の組物が確認されたと読むことはできない。太田記念美術館の二つの目録には『忠臣蔵』や役者に関係する例が挙がるが、一匹ごとの役名を印刷された札か詳細な所蔵品解説なしで断定しない。役者に似せた顔つきと実際の猫の表情が重なる部分こそ、拡大画像で見せたい。公開条件の合う現物を確保した後に、役名と猫の顔を対応させる注釈が有効になる。
《猫の源氏 賢木》も、ただ「猫が源氏物語の人物になった」というだけでは内容が伝わらない。「賢木」は『源氏物語』の巻名で、特定の物語世界を指す。どの道具や仕草が巻の出来事へ結び付くかは、当該図版と解説を見てから書く。太田記念美術館の目録から確実に言えるのは作品名、形式、1842年ごろという位置づけである。図を入手する前に、今は見えていない細部へ印象的な説明を作らない。
怪猫――身近な動物が巨大な舞台の存在になる

江戸東京博物館の猫を扱う展覧会 [9]は、家で飼われる猫とともに、年を経た猫が姿を変えるという怪談が幕末から明治の物語や芝居に広まったことを紹介している。国芳の怪猫の図は、この物語・舞台の文脈で読む必要がある。単に「かわいい猫を大きくした絵」ではない。
アムステルダム国立美術館の《猫の幽霊》、RP-P-2019-208 [7]は1847年7月の三枚続きで、三代目尾上菊五郎の引退を記念した怪談芝居の場面として記録される。二人の男、女、幽霊、背景の大きな猫が一つの横長の場にいる。老女に化けた怪猫が古寺をさまよう物語だと館は説明する。三枚全体の画像で見ると、背景の猫の顔が人間の人物を圧倒し、同じ空間の尺度を変える。これを実際の舞台装置の写真や上演の忠実な再現と見なす根拠はないが、錦絵の構図が舞台の怪異をどう強めたかは図から観察できる。
メトロポリタン美術館の《岡崎の猫怪》、JP1563 [8]は1850年ごろの二枚続きで、同館がパブリックドメインと記す。1847年の三枚続きと同じ現物でも、同じ題名の再摺りでもない。二つを並べるなら、舞台の人物の位置、猫の出方、画面の幅を比べるという目的を持たせる。巨大な化け猫を二枚置くだけでは、図版数が増えても読みは深まらない。
恐ろしさの鍵の一つは尺度である。人のそばで丸まるはずの猫の顔が数人分の背景を占めても、目や耳には猫らしさが残る。観客は「あり得ない大きさ」と「よく知る動物」の間に置かれる。注釈では、前景の人物、背後の顔、三枚のつなぎ目を順に見せれば、この変化を確かめられる。ただし国芳がどの公演を観たか、特定の劇場の装置を写したかまで、作品記録だけで言うことはできない。

国芳の猫と国芳門人の猫を分ける
国芳の猫の人気を語るとき、後の絵師が受け継ぎ、変えた仕事も見える。太田記念美術館の2012年展 [3]は「国芳一門」を対象とし、2023年の目録 [1]は国芳の後に落合芳幾、歌川芳藤らを作者別に記載する。十九匹の小猫が一匹の大猫を作る図は、同目録の48番では芳藤の作と明記される。国芳の《猫の当字》にも複数の猫が大きな形を生むため、画像検索では作者が混ざりやすい。しかし両者を正しく並べれば、国芳の文字遊びと芳藤の大猫の形づくりという違いが見えてくる。
学校や門人の関係を説明するために、似た図柄をすべて「国芳の影響」と一語で片づける必要もない。具体的な題名、年代、絵師の署名、所蔵品番号を先に示す。比較はそこから始まる。別の絵師の図を「国芳の代表作」として導入しないことは、名義の訂正以上の意味を持つ。猫の形が当字、役者、玩具絵へと異なる方向に使われた過程を読者に示せるからだ。
画像、摺り、利用条件
同じ図柄に見えても、所蔵館ごとに別の摺りが残る。紙の裁断、色の見え方、補修、撮影の光で画面は変わりうる。画面上の差だけから初摺り・後摺りや制作の順番を断定しない。アムステルダム国立美術館AK-MAK-909 [6]の寸法はその一枚の寸法であり、ボストン美術館2019.193a–c [5]の三枚続き全体の寸法ではない。メトロポリタン美術館JP1563 [8]も別の怪猫図で、図版には必ずその番号を添える。
掲載可能な画像も、作品が十九世紀のものだからと一律に決められない。アムステルダム国立美術館の二点、AK-MAK-909とRP-P-2019-208は各作品ページでパブリックドメインと表示され、メトロポリタン美術館JP1563も公開利用の対象である。それぞれの高解像度の元画像、1024ピクセル幅・JPEG品質80・144 dpiの掲載用画像、取得元、所蔵品番号、利用条件を別に記録する。太田記念美術館の私蔵品や現代の書籍に載る写真を、それと同じ条件だと推測して使わない。
このページの注釈画像は高解像度の元から切り出し、クリックした先の拡大画像の下に説明を付ける。東海道の一枚なら赤い札、猫の姿、現物の端、版元や印の位置を別々に見ることができる。地口を一つ解いたときは、出典をその説明へ付ける。色や汚れが特定の版の特徴だと主張するには現物調査が必要で、ウェブの圧縮画像だけから決めない。
どの順で見ると面白いか
まず猫一匹の動きを見る。その姿が文字の一画になるか、人の役を演じるか、宿場名と響き合うかを確かめる。《猫の当字》では少し離れて語を読み、《猫飼好五十三疋》では赤い札と猫の身振りを往復する。団扇絵では猫の顔と芝居の役を、怪猫の三枚続きでは人間と猫の尺度を比べる。どの作品も「猫だからかわいい」で終えず、形式、言葉、物語のどれが見方を変えるかを問いたい。
ページ上では「日常の猫」「見立て・地口の猫」「怪猫」の三つの入口を用意できる。一枚の図が二つ以上にまたがる場合もあるので、無理に厳密な分類表にはしない。個々の図には日本語の原題、年代、所蔵館、番号、利用条件を残す。猫の小さな身振りを読み解くほど、国芳が同じ動物の姿からどれほど違う絵を作ったかが見えてくる。
読者との対話
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Reader Insights
どの猫の姿が文字の線にも見えますか。
宿場名と猫の行動を結ぶと、何が見えてきますか。
大きな猫の顔と人の姿を比べると、怖さはどう変わりますか。
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参考文献
- 太田記念美術館「江戸にゃんこ―浮世絵ネコづくし」作品目録、2023年。題名、年代、作者、判型。
- 太田記念美術館「国芳の団扇絵 猫と歌舞伎役とチャキチャキ娘」作品目録、2024年。団扇絵の和英題名と年代。
- 太田記念美術館「浮世絵猫百景―国芳一門ネコづくし」、2012年。国芳と門人を扱う展覧会。
- 太田記念美術館「没後150年記念 破天荒の浮世絵師 歌川国芳」、2011年。《猫の当字 かつを》への言及。
- ボストン美術館、2019年度収蔵品紹介、2019.193a–c。《猫飼好五十三疋》三枚続き。
- アムステルダム国立美術館、AK-MAK-909。《猫飼好五十三疋》一枚の現物。
- アムステルダム国立美術館、RP-P-2019-208。1847年の怪猫三枚続き。
- メトロポリタン美術館、JP1563。《岡崎の猫怪》二枚続き。
- 江戸東京博物館「江戸東京ねこづくし」。怪猫の歴史的背景。
- 国立国会図書館レファレンス協同データベース、岡山県立図書館の回答。三枚続きの図版と説明を載せる刊本の案内。
- ColBase、東京国立博物館《猫のすゞみ》A-10569-5470。両国橋の団扇絵と細部解説。画像利用規約。
- ColBaseの利用規約








