百の月に、百の物語。現存する摺り、出版日、和歌と故事から芳年の晩年の連作を読みます。

百の月、百の場面
《月百姿》は、月岡芳年が晩年に取り組んだ百図の錦絵である。国立国会図書館の所蔵資料とフィッツウィリアム美術館の解説は、一八八五年から一八九二年にわたる刊行事業として紹介し、版元を秋山武右衛門とする。月を主題に据えながら、日本・中国の歴史、和歌や漢詩、物語、能や歌舞伎、当時の都市生活まで扱った。「月の景色を百回描いた」と考えると、この広さは見えない。月は時刻を知らせ、遠くの人物を思わせ、物語が始まる直前の静けさを作る。 [1] [2] [3]
江戸を知る絵師が明治の読者に届けた歴史画でもある。描かれた出来事が古くても、各図の版木が彫られ、紙に摺られ、売られたのは十九世紀末だった。芳年の画題選びに加え、版元の企画、彫師の線、摺師の色と質感が一枚の見え方を決める。作品を「過去への郷愁」だけで説明せず、明治期に続いた共同制作として見ることが必要だろう。太田記念美術館は版元を扱う展覧会でも、秋山武右衛門がこの連作を刊行したことを取り上げている。 [4] [5]
ひと目でわかる《月百姿》
- 図数百図。目録は別紙
- 刊行一八八五~一八九二年
- 版元秋山武右衛門
- 画題歴史、文学、伝説、芝居、都市生活
目次
《月百姿》には大きな人気があったとフィッツウィリアム美術館は記す。新しい図を買うため夜明け前から並んでも売り切れた、という同館の紹介は、長い連作が同時代の関心を引いたことを伝える。ただし、そこから各図の販売枚数や、すべての摺りの状態まで算出することはできない。ここでは十数枚を代表作と決めつけるのではなく、所蔵と日付を追える図から、百図へ入る道を作る。 [3] [1]
いつ出た作品なのか
百図を年表に並べる前に、日付の意味を分けたい。太田記念美術館の出品目録には「御届」、印刷日、出版日が並ぶ。「御届明治十八年十月」は届出の年月であって、その紙がいつ摺り上がり、誰が買ったかを示す日ではない。一方、《五條橋の月》には一八八八年四月五日印刷、同月十三日出版と記される。《石山月》は一八八九年十月十日印刷、同月出版である。この違いを省いてすべて「制作年」とすれば、連作の進み方を誤ってしまう。 [6]
初期の《南屏山昇月 曹操》と、たか雄の歌を題にした図は、ともに一八八五年十月の御届である。《史家村月夜 九紋竜》は翌十一月、《月下の斥候 斎藤利三》は十二月と、同じ一年の中でも女性、武者、中国の物語が並んだ。後年になって初めて静かな図へ移ったという説明は、早い時期の実物と合わない。八八年には葦の中の《原野月 保昌》と動きの激しい《五條橋の月》があり、八九年には《石山月》と《赤壁月》がある。同じ時期に異なる画面を試みたのである。 [1] [6]
連作の終わりにも注意がいる。大英博物館の作者記録は全体を一八八五~九一年とまとめるが、国立国会図書館とフィッツウィリアム美術館は九二年までとする。太田記念美術館の目録には、以前に印刷されながら九二年四月に出版された図が載る。同館の別の目録には、五月の二枚続《月百姿もくろく》も記録されている。百の絵と目録を同じ枚数に数えることも、九二年に出た図の下絵を芳年がその年に描いたと断定することも避けたい。 [2] [3] [6] [7] [8]
NDLサーチには百枚を収めた画帖の書誌がある。これは現存する一つのまとまりを示す資料であり、初めから百図が一冊として一度に売られた証拠ではない。NDLイメージバンクの各図には別々の識別番号が付く。原画の図柄、出版された版、今撮影できる一枚の紙、後にまとめられた画帖を分けることが、年表と画像を正しく結び付ける第一歩となる。 [1] [2]
四つの入口から見る
太田記念美術館は《月百姿》を「美しき女たち」「妖怪・幽霊・神仏」「勇ましき男たち」「風雅・郷愁・悲哀」という四つの切り口で紹介した。この区分は便利だが、作品を箱に閉じ込めるためのものではない。一人の女性には歌が結び付き、一人の武者は芝居に登場し、姿を見せない亡霊が風景を不穏にすることもある。月の位置、人物の向き、題名の言葉を別々に見た後で、物語をつなぐ方が豊かに読める。 [4] [1]
歌を読む女性と、描かれない相手
《君は今駒かたあたりほとゝきす たか雄》では、立つ女性の後ろに大きな月がある。装いは細かい模様で満たされるが、周囲には歌に呼びかけられた相手の姿がない。題に含まれる「駒かた」や「ほとゝきす」は、画面外の場所と声を読者に意識させる。女性の姿だけを「美人画」として切り出すより、文字の向かう先が見えない構図に目を向けたい。太田記念美術館は一八八五年十月の御届とする。なお、NDLの表記は「駒かた」、太田の目録は「駒がた」であり、引用するときは各資料の表記を残す。 [1] [6]

《石山月》の人物は、紫式部と石山寺の伝承につながる。NDL所載の図では、建物が人物を囲み、遠くの山と月へ視線を通す。メトロポリタン美術館は、この図に基づく芳年の肉筆《石山寺の紫式部》を所蔵する。同館によれば、屏風や物語絵でおなじみの琵琶湖の眺めではなく、石山寺の岩を画面へ取り入れた。ただし描かれた眺めは本堂から実際に見える景色と一致しない。場所の名は現実の寺を指しても、画面は測量図でも写真でもない。 [9] [1]
印刷年も一つの美術館内で一致していない。太田記念美術館の日本語の二つの目録は一八八九年十月十日印刷と記す一方、二〇二四年の英語目録では一八八八年とする。本文には出来事まで記した日本語の記録を採用し、その違いを伏せない。メトロポリタン美術館の肉筆画の「一八九二年頃」は、版画の日付を訂正する材料ではなく、別の作品につけられた推定年代である。 [6] [8] [10] [9]

石山寺を紹介する一九〇一年刊『日本名勝写真図譜略説』の写真も国立国会図書館にある。建物と大きな岩が樹木に囲まれている。版画の場所をもう少し具体的に想像する助けになるが、芳年がその写真を見たはずはなく、紫式部の時代の景観を示すものでもない。写真の刊行は版画より後である。両方を並べるなら「作品が示す場所」と「後年に記録された現地」の違いをキャプションに明記したい。NDLの名所展は掲載画像の商用利用を認め、出典表示を求めている。 [11] [12]

武者と中国の故事
《南屏山昇月 曹操》では、船上の朱の衣と人物の身振りに目が向く。水面の向こうに山があり、月が大きく昇る。曹操の名は中国の故事を示すが、図版だけから特定の行軍を目撃した記録のように語ることはできない。近くの人物を鮮やかに、遠くの地形を落ち着いた色に置くことで、場面の広がりが生まれる。太田の目録では御届は一八八五年十月で、選んだ図の中では初期にあたる。 [1] [6]

四年後の《赤壁月》は、人より空、川、岸壁へ大きな面積を与える。小舟は水辺の下方にあり、月は遠い。大英博物館の中国語解説は蘇軾と結び付ける。曹操と同じ「中国もの」でくくれば、この構図の差が消える。朱の衣の人物を正面近くに置く図と、人が小さく見える夜の川の図では、見る者の体の大きさまで変わったように感じる。太田記念美術館は《赤壁月》を一八八九年印刷・出版とする。 [1] [6] [13]

《史家村月夜 九紋竜》では、刺青の人物が月の下で腰を下ろす。動きは止まっていても、膝や肩はくつろぎきっていない。題名は九紋竜を名指しするが、一枚から物語の台詞や事件の結末までは分からない。国立国会図書館と小樽芸術村の所蔵情報は同じ日本語の題と芳年の作者名を示す。太田の目録は一八八五年十一月の御届を記録する。これらを軸に、見えている姿勢と絵の外に残る物語を分けて考えられる。 [1] [14] [6]

《月下の斥候 斎藤利三》では、鎧姿の騎馬武者が画面の中心に立つ。「斥候」という題を読めば、馬と人物は景色を眺めているのではなく、見えない動きを探る緊張の中にいる。太田の二〇二四年英語目録は Reconnaissance under the Moon と訳す。日付は一八八五年十二月の御届である。日本語PDFを文字抽出すると「斥」が「斤」に化けることがあるが、国会図書館の画像頁と太田の別年の目録は「斥候」と明記する。検索できる文字だけを作品の題とみなしてはならない例である。 [1] [8] [10]
葦が人物を隠す《原野月 保昌》も緊張した図である。二人の人物は対面しているように見えるが、場面の理由を図版だけで補うべきではない。スミソニアン国立アジア美術館は別の摺りを The moon of the moor: Yasumasa と記録し、笛や音楽を件名に含める。太田記念美術館の日本語目録は一八八八年五月二十日を印刷日とするが、別の出版日は示さない。この個別日付と、画面に何が実際に見えるかを区別して注記したい。 [15] [6]

《五條橋の月》は低い位置の赤い衣、斜めの武具、余白の大きさが強い。月が高い場所にあるため、画面の上下の距離が戦いの勢いを受け止める。五條橋は牛若丸と弁慶の説話で知られるが、このNDLの題には人物名がない。見える者を勝手に断定するより、まず所蔵画像と日付を示すべきだろう。太田の目録では一八八八年四月五日印刷、十三日出版である。 [1] [6]

別れ、気配、現代の仕事
《法輪寺の月 横笛》の人物は、月へ向かうのではなく、寺を離れるところにいる。フィッツウィリアム美術館の解説によれば、横笛が訪ねた男性は出家し、会うことを拒む。月にかかる雲、柵、風を受けた衣、遠ざかる松が、会えない二人の間を見えるものにする。同館の摺りには空摺や布目摺、変色した鉛丹が確認される。ただし、それはフィッツウィリアムの所蔵品についての記録で、NDLの摺りにも同じ状態があると結論できない。両館の資料は一八九〇年十二月二十日を初刊・印刷の手掛かりとする。 [16] [6]
横笛の一枚を細部から見る
番号を押すと原本から切り抜いた細部を開けます。下にも同じ説明を示します。
月岡芳年《法輪寺の月 横笛》、国立国会図書館 PID 1306325。番号・切り抜きは編集部による。
月があるのに人物の過去をすべては見せない方法は、他の図にもある。フィッツウィリアム美術館の《源氏夕顔巻》では、月下の夕顔の霊が花に囲まれる。同館の《大物海上月 弁慶》では、平家の怨霊が海と黒雲の気配を作り、姿ははっきり描かれない。師の国芳による同じ説話の描写との違いも同館は指摘する。これらは作品解説への参照であり、同館の画像は商用転載や改変を認める条件ではない。必要な図版は別の利用許諾のある所蔵品から選ぶ。 [17] [18]
《煙中月》は、古い伝説だけが《月百姿》の材料ではなかったことを示す。メトロポリタン美術館は一八八六年二月の一枚を所蔵する。フィッツウィリアム美術館は別の摺りで、東京の消防組、纏を担ぐ人、煙の中の月を説明する。火を消す仕事の危険と、画面で働く日常の英雄性が結び付く。フィッツウィリアムの摺りには鉛丹の飛沫や境界のないぼかしが記録されるが、その材質上の観察を、掲載するメトロポリタン美術館の一枚に無条件で移してはならない。 [19] [20]

図柄と「この一枚」を分ける
同じ名で呼ばれる版画が二館にあっても、二枚は別の紙である。色の濃淡、摺りの圧、縁の幅、経年の変化は異なりうる。作品名は共通の図柄を指すが、所蔵番号は現存する一枚を指す。NDLの個別識別番号、メトロポリタン美術館の登録番号、フィッツウィリアム美術館の所蔵番号を残すのは、難しい数字を並べるためではない。月の色や雲の見え方を、どの紙から述べたのかが読者に分かるためである。 [1] [16] [19]
空摺の凹凸、布目摺の質感、雲母の光は、小さな画面では判断しにくい。フィッツウィリアムの《横笛》と《弁慶》の所蔵解説は、個々の摺りにそうした効果を記録する。高解像度画像なら彫りの線や紙の傷が見えるかもしれないが、光を受けて変わる物質の姿まで平面のJPEGが伝えるとは限らない。逆に、画像を拡大して見つけたシミを芳年の意図として説明してもいけない。現存する紙、制作工程、図柄の解釈を行き来しながら確かめたい。 [16] [18]
英語題にも幅がある。太田記念美術館の英語目録は One Hundred Views of the Moon、フィッツウィリアム美術館は One Hundred Aspects of the Moon を用いる。どちらも《月百姿》の紹介だが、英語の違いだけで別の連作とは考えない。個別作品でも、日英の題が必ず一語ずつ対応するわけではない。日本語題、図柄、所蔵先、日付の四つを結び付ける方が、他館の同題異摺を探す際にも確かである。 [3] [10]
百図をたどるには
まず題名を読む。人名か地名か、引用された歌かを見分ける。次に人物の視線と月の位置を探す。曹操の大きな月、《赤壁月》の遠い月、横笛の曇る月は同じ意味ではない。作品に「御届」「印刷」「出版」のどの日付が残るかを確かめ、最後に掲載画像の所蔵を確認する。物語を知ってから画像へ戻れば、見えなかった関係が現れることもある。一方、知らない説話を想像で埋めず、よく分からないところを残しておくことも大切だ。 [1] [6]
このページは百図の順位表でも全図録でもない。ここで読んだ女性、武者、文人、別れの場面、消防の一枚は、百図のごく一部である。太田記念美術館の展示目録には全体の題と日付を調べる手掛かりがあり、国立国会図書館には百枚の画帖と選ばれた図版がある。図柄ごとのページを今後作るなら、他の摺りを混ぜず、人物の故事、和歌、刊行の段階、現存する物質としての紙を一緒に調べるべきだろう。月という共通の形の中に、それぞれ別の時間がある。 [6] [1] [2]
よくある質問
このページに選んだNDLイメージバンクの画像は、同館が著作権保護期間満了と説明し、商用利用にも申請を不要とする。ただし出典表示を求めている。別の館の画像まで同じ条件だと考えず、掲載する画像ごとの利用条件を確認する。 [21]
読者との対話
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鑑賞の手がかり
《横笛》の雲は、物語の気分をどう変えますか。
摺りや顔料の違いはどこに見えますか。
石山寺の写真と《石山月》を並べると何が違いますか。
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参考資料
- 国立国会図書館「NDLイメージバンク 月百姿」。連作の説明、日本語題、掲載画像。
- 国立国会図書館サーチ《月百姿》画帖。百枚、版元、刊行範囲。
- フィッツウィリアム美術館「One hundred aspects of the moon」。連作の範囲と同時代の人気。
- 太田記念美術館「月岡芳年 月百姿」展。百図と四つの鑑賞区分。
- 太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」。秋山武右衛門。
- 太田記念美術館「月百姿」二〇二四年日本語出品目録。御届、印刷、出版の日付。
- 大英博物館「Tsukioka Yoshitoshi」作者記録。連作の年代の異表記。
- 太田記念美術館「月百姿」二〇一七年日本語出品目録。石山月、二枚続目録、肖像。
- メトロポリタン美術館 2019.41《石山寺の紫式部》。版画を基にした肉筆画、推定年代と場所の説明。
- 太田記念美術館「月百姿」二〇二四年英語出品目録。英語題と《石山月》の年代差。
- 国立国会図書館「Ishiyamadera Temple」。名所展の後年の寺院写真。原本のIIIF記録は一九〇一年七月刊と記す。
- 国立国会図書館「錦絵と写真でめぐる日本の名所 ご利用について」。商用利用と出典表示。
- 大英博物館中国語サイト「如果月亮有一百种姿态」。《赤壁月》と蘇軾。
- 小樽芸術村《月百姿 史家村月夜 九紋竜》所蔵記録。日本語題と作者。
- スミソニアン国立アジア美術館 S2003.8.3040《原野月 保昌》。別の摺りの記録。
- フィッツウィリアム美術館《法輪寺の月 横笛》。別の摺り、故事、摺刷技法。
- フィッツウィリアム美術館《源氏夕顔巻》。故事と作品の説明。
- フィッツウィリアム美術館《大物海上月 弁慶》。故事と別の摺りの技法。
- メトロポリタン美術館 2007.49.310《煙中月》。一八八六年二月の個別作品。
- フィッツウィリアム美術館《煙中月》。消防組と別の摺りの技法。
- 国立国会図書館「NDLイメージバンク ご利用について」。掲載画像の著作権保護期間と利用条件。







