虫、貝、鳥を描いた三つの本を、狂歌と現存本の記録から読み比べる。

はじめに
蝶と蜻蛉の周囲に植物が伸び、和歌とは調子の異なる狂歌の文字が画面に並ぶ。喜多川歌麿の《画本虫撰》は、生き物の絵を後から詩で飾ったものではない。二冊に収められた十五の見開きは、それぞれ二種の生き物と二首の狂歌を組み合わせている。メトロポリタン美術館の刊行物《Utamaro: Songs of the Garden》 [1]は、宿屋飯盛が歌を集め序を書き、一七八八年の本が歌麿の画業にとって重要な仕事になったと論じる。
この本の近くに、《潮干のつと》と《百千鳥狂歌合》がある。前者は浜辺と貝、後者は鳥を題材とする狂歌絵本だ。メトロポリタン美術館の《潮干のつと》二〇一三・八九七 [6]は「おそらく一七八九年」とされ、折本の形で残る。同館の《百千鳥狂歌合》JIB43 [8]は一七九一年と登録されるが、大英博物館の別本の研究 [9]は一七九〇年中から翌年春までの刊行を推定する。同じ「歌麿の自然絵本」と呼んでも、三つの本を同一作品の別刷りとして扱うことはできない。
昆虫、貝、鳥に目を向けるだけでなく、どのような本として作られたかを考えたい。詩を寄せる人、撰者、書を担当する人、図を描く人、彫りと摺りを担う職人、版元が関わる。スミソニアンの日本の多色摺り版本に関する解説 [10]は、蔦屋重三郎が歌麿の《画本虫撰》を出した後、関連する豪華な色摺り本が短期間に刊行されたことを示す。図と狂歌を同じ版面に収める構成も大切な特徴だ。ここでは三作を、単独の「動植物画」ではなく、読むことと見ることが一体になった本として比べる。
三作の要点
| 作品 | このページで確かめる所蔵品 | 年代の示し方 | 鑑賞の入口 |
|---|---|---|---|
| 《画本虫撰》 | メトロポリタン美術館の一七八八年とされる二つの図葉JP1046・JP1054。大英博物館には初版本の早い摺りとされる旧ヒリアー蔵本もある。 | 一七八八年刊。後年の再版本を初版と混同しない。 | 二種の生き物、植物、二首の狂歌、紙の余白。 |
| 《潮干のつと》 | メトロポリタン美術館二〇一三・八九七の折本。浜辺と貝の見開きを同一資料の写真列から選ぶ。 | この所蔵品は「おそらく一七八九年」。 | 海辺の広がりから小さな貝へ移る視点。 |
| 《百千鳥狂歌合》 | メトロポリタン美術館JIB43の二冊本。大英博物館の別本を構成と刊年の比較資料にする。 | 一七九〇~九一年頃。JIB43は一七九一年登録。 | 鳥の大きさや姿勢、草花、歌の配置。 |
三つの狂歌絵本を比べる
各題を選び、形式、参加者、図を比べてください。
画本虫撰
二冊・十五の見開き。宿屋飯盛が狂歌を撰び、蔦屋重三郎が出版した一七八八年の本。虫以外の小さな生き物も描かれる。

潮干のつと
折本。朱楽菅江が編集に関わり、浜辺と貝を狂歌とともに見せる。メトロポリタンの現物は「おそらく一七八九年」。

百千鳥狂歌合
二冊・鳥と草花の十五の見開き。赤松金鶏が撰者。刊年は一七九〇年中から九一年春までの推定がある。

表の年代は、全ての現存本が同じ年に刷られたという宣言ではない。とりわけ大英博物館の《百千鳥狂歌合》解説 [9]は、図の並びが現存本によって異なると注意する。また、メトロポリタン美術館の《潮干のつと》JIB47 [6]は、おそらく二度目の摺りとされ、金属片の帯や紫色の波模様の追加が説明される。作品名が一致しても、画像を示すときは個々の現物に戻る必要がある。
狂歌絵本を「自然の図鑑」と呼ばない理由
狂歌は、古典的な和歌の形式を踏まえつつ、当世の話題や機知を取り込む表現である。「滑稽な歌」だけでは、恋や言葉遊びを含む広がりが伝わりにくい。大英博物館の《画本虫撰》解説 [3]は、三十人の狂歌師による虫を題とした歌合として本を読み、恋心をめぐる戯れの歌にも言及する。虫の名前は分類表の見出しではなく、連想を呼ぶ題にもなる。
メトロポリタン美術館の研究書 [1]によれば、飯盛の序には川辺で虫の声を聞く人々が語られる。これは序文が提示する成立の物語である。全ての図を歌麿がその川辺で写生したことを証明する記録としては扱えない。しかし、本を作る側が虫の声、恋、集まる人々をどのように結び付けたかを知る重要な手がかりになる。
絵本という言葉も、現代の子ども向けの薄い本を思い浮かべるだけでは足りない。序、狂歌、彩色木版、装丁、刊記を持つ出版物である。スミソニアンの版本史の解説 [10]は、《画本虫撰》では狂歌の文字が絵とともに版木へ彫られていると説明する。鑑賞者は、絵を見終えて別ページの解説へ移るのではなく、一つの見開きで姿と文字の間を往復する。印刷された余白も、何を離し、何を近づけるかを決める設計の一部である。
版元の役割も見逃せない。大英博物館の旧ジャック・ヒリアー蔵《画本虫撰》 [3]は蔦屋重三郎を版元と記し、企画全体で蔦屋が中心的な役割を果たした可能性を指摘する。ただし「誰がいつ何を提案したか」を一件ずつ示す契約書が提示されているわけではない。宿屋飯盛の撰と序、歌麿の図、蔦屋の出版が確認できる範囲であり、企画の主導については研究上の見解として伝える。
《画本虫撰》——小さな生き物と余白


《画本虫撰》を英語で The Insect Book と呼ぶことは多いが、今の生物分類で昆虫だけを集めた本ではない。メトロポリタン美術館の図版一覧 [1]には蝶・蜻蛉、蝸牛・轡虫のほか、蛇と蜥蜴、蛙と甲虫の組合せもある。大英博物館の別本の説明 [4]も植物、果実、野菜、爬虫類に触れる。各図の題は、その所蔵館が示す名前で確かめたい。「虫」を現代の昆虫綱だけに狭めると、絵本の実際の広がりが見えなくなる。
メトロポリタン美術館のJP1046《蝶・蜻蛉》 [5]では、蝶の広い翅と蜻蛉の細長い胴体や翅が異なる線で表される。植物の茎がそれぞれの周囲をつなぐ一方、画面全体を連続する風景にはしない。空いた紙の上で視線は二つの身体と歌の文字の間を移る。二種を並べた意味は、名を二つ数えることだけではない。形、軽さ、動き方の違いを同じ開きで感じさせる。
JP1054《蝸牛・轡虫》 [5]では、蝸牛の殻の丸みと轡虫の長い脚とが別のリズムを作る。これは図版から確かめられる造形上の観察である。歌麿がこの特定の虫を生きたまま目の前に置いたか、誰が採集したかまでは画像から分からない。メトロポリタン美術館の刊行物 [1]は鋭い観察力と日本・中国の伝統との結び付きを評価する。本文は、その研究上の評価と、今見える線や余白を区別して示す。
十五の見開きに二種ずつの生き物と二首ずつの狂歌が置かれる構成は、単純な均等割りではない。小さな虫より葉の輪郭が目立つ開きも、紙の空きが印象に残る開きもある。二首は文字数だけで配置が決まるのではなく、図とともに視線を導く。作品の精妙さは、細部を増やすことばかりではなく、どこを省き、何を離して見せるかにもある。
初版と再版を混ぜないことも、この本では重要だ。大英博物館の旧ヒリアー蔵本 [3]は初版の早い摺りと説明される。一方、メトロポリタン美術館の《Songs of the Garden》関連作品一覧 [1]には一七八八年の個別図葉と並んで「おそらく一八二三年、後版」と登録された本がある。本記事の虫の画像は一七八八年と明記された図葉から選び、後版の本を無条件に初版の姿として示さない。似た図柄の画像を別の所蔵品から借りる際にも、番号を引き継がない。
一七八八年の広告——予告と実際
《画本虫撰》巻末には、次の出版計画が記された。メトロポリタン美術館の《Songs of the Garden》に収められた広告の翻刻と訳 [2]によれば、天明八年(一七八八)正月、蔦屋重三郎は鳥・獣・魚を題とする本への恋の歌を募り、歌麿が絵を描き、飯盛が撰ぶ計画を示した。これは当時の予告があったことを示す資料であって、予告の通り三冊全てが完成した証拠ではない。
同刊行物の解説では、鳥の本は作られたが、歌麿は予定された獣の本を描かず、魚に代わって貝を扱う《潮干のつと》が現れたとされる。さらに刊行された《百千鳥狂歌合》では、大英博物館 [9]が赤松金鶏を撰者として記録する。予告にあった飯盛とは異なる。なぜ撰者が変わったかは、この資料だけからは決められない。企画が刊行までに変化したという確かな点を示す方が、三作を最初から固定した「三部作」だったと語るよりも、出版の現場をよく伝える。
《潮干のつと》——浜辺から貝へ



メトロポリタン美術館の二〇一三・八九七 [6]は折本であり、墨・色・雲母・金箔を用いた木版摺り本として登録される。同館は年代を「おそらく一七八九年」とする。スミソニアン所蔵の別本 [7]には、編集者に朱楽菅江、版元に蔦屋重三郎とあり、空摺りも技法に挙げられる。ただし別本の目録の情報を、メトロポリタン美術館の全ての見開きにそのまま当てはめない。画面の反射や紙の凹凸は、通常の縮小JPEGだけでは十分に確かめられない。
メトロポリタン美術館の公開写真を順に見ると、表紙と序の次に浜辺が広がる。松の大きな枝が左に伸び、人々が波打ち際へ向かい、遠くに船と対岸がある。その後に選んだ見開きでは、歌の文字が上方を占め、小さな貝が下方に散る。前の場面では人のいる場所が示され、次の場面ではその場所から拾える小さなものへ視線が移る。この記述は、二〇一三・八九七の写真列で実際に確認した開きに基づく。他館の異なる刷りの並びを、そのままこの現物の順としない。
貝の図では、一つを巨大に拡大するのでなく、小さな形を少し離して置く。鑑賞者は殻の曲線や色の違いを往復し、その上の歌へ目を上げる。余白は単なる未完成の場所ではない。どの貝とどの文字を一緒に見せるかを選ぶ空間である。詩の意味を紹介するには信頼できる翻刻と訳が必要だが、未確認の読みを画面の説明に紛れ込ませるべきではない。
メトロポリタン美術館のJIB47 [6]は、同じ題の別の現物で、三十六人の歌人による三十六首と三十六種の貝を説明する。同館は、おそらく二度目の摺りで、金属片の横帯と紫の波模様が加えられたとする。これは二〇一三・八九七の写真に付け替えてよい説明ではなく、版の違いを考える資料である。二つを比較する画像を将来加えるなら、どちらの所蔵品にどの加飾があるかを明記したい。
《百千鳥狂歌合》——二冊の鳥と歌



「百千鳥」は鳥の多さを想起させ、「狂歌合」は歌を競わせる趣向を示す。大英博物館所蔵の別本 [9]は二冊の折本で、鳥と草花を扱う十五の見開き、それぞれ二首、計三十首という構成を記録する。序、図、広告、刊記も含み、独立した鳥の版画十五枚を後からまとめた本とは言えない。撰者は赤松金鶏、版元は蔦屋重三郎とされる。
メトロポリタン美術館のJIB43 [8]の写真列では、表紙と序の後に鳥の見開きが続く。最初に選んだ図では、右の鉤状の嘴を持つ大きな暗い鳥と、左の花枝にとまる小鳥が対照をなす。黒く重なる羽の線と、枝の周りの軽い余白で、左右の密度が異なる。別の図では尾の長い鳥と上方を飛ぶ小鳥が斜めに呼応する。さらに地面の草を挟む二羽の図もあり、同じ「二羽と歌」でも大きさや位置が変わる。種名の確定や歌の意味は、見た目から推測して断定せず、各図に対応する翻刻や所蔵館の説明を待つ。
年代も一つの数字に固定しない。メトロポリタン美術館はJIB43を一七九一年とし、別の二冊本に一七九〇年を付ける。大英博物館が引用する浅野秀剛とTimothy Clarkの研究 [9]は、刊年を直接記した現存本が知られないとした上で、巻末広告と他の版本を照らし、一七九〇年中か遅くとも一七九一年春の刊行を推定する。東京国立博物館の二〇二五年展覧会リスト [11]も一七九〇年頃とする。そこで見出しでは「一七九〇~九一年頃」、個別の画像ではJIB43の目録値を示す。
大英博物館は、現存本によって鳥の図の順序が異なり、題簽の異なる版もあると指摘する。ウェブでJIB43の三図を並べたとき、その並びを全ての本に共通する原初の順と呼ばない。写真列が示すのは、その所蔵品の現在の構成である。異なる本と比べたい読者には、画像の美しさだけでなく所蔵番号と資料の性格を渡す必要がある。
三作を見比べるときの順序
まず題と所蔵番号を確認する。《画本虫撰》のJP1046は一枚の図葉、《潮干のつと》二〇一三・八九七は折本、《百千鳥狂歌合》JIB43は二冊本である。「歌麿の絵」という共通点だけで、三つの写真を同じ種類の版画として並べない。画面の左右の進み方も、メトロポリタン美術館の二つの版本の表示 [6]が右から左へ見ることを促している。英語読者向けに左から右へ並べ直した現代の復刻本とは、実物の扱いが違う。
次に文字の居場所を見る。虫の図では、生き物と植物の間に歌が入る。貝の図では上に文字、下に貝の小さな形が集まる。鳥の図では左右の羽や草花が異なる重さを持ち、その間や上に歌が置かれる。狂歌を読めなくても、文字の列が視線を止める場所や、図と近づく場所を確かめられる。歌の内容を訳して説明するときは、原文と既刊の翻刻・訳を照合し、執筆者の想像で空白を埋めない。
最後に、紙の現物とデジタル画像の違いを意識する。メトロポリタン美術館の《潮干のつと》 [6]は雲母と金箔を素材に挙げ、別本JIB47 [6]は後から加わった金属片と紫の模様を説明する。平らな画面では反射が固定され、空摺りの凹凸も見えにくい。写真の色だけで初摺りか後摺りかを判断せず、各館の記録を読む。拡大画像が役に立つのは、どの現物のどの部分かを明示したときである。
歌麿の業績を美人画だけで説明しないためにも、この三作は大切だ。メトロポリタン美術館の《Songs of the Garden》 [1]は《画本虫撰》を画業の転機と評価する。虫の線と余白、浜辺と貝の縮尺の変化、鳥と歌の組み合わせは、それぞれ別の表現上の課題に応える。同時に、後の大首絵のための「習作」とだけ呼ばない。歌人、版元、買い手にとって、これらはその時点で完成した野心的な本だった。
よくある質問
三作をまとめて研究するのは有用だが、一七八八年の広告が予告したのは鳥・獣・魚の本である。鳥の本は刊行され、獣の本は歌麿によって制作されず、魚の企画に代わって貝の本が現れたというのがメトロポリタン美術館の刊行物の説明である。刊行された鳥の本の撰者も予告と異なる。「三部作」は後から見渡すための呼び方として使う。
メトロポリタン美術館のJIB43は一七九一年登録。大英博物館の書誌的検討は一七九〇年中から翌春までを推定する。東京国立博物館の展覧会では一七九〇年頃とする。本記事では「一七九〇~九一年頃」とし、個別の現物の目録値を併記する。
異なる所蔵本では、図の順番、摺りの状態、加飾、経年の変化が違い得る。大英博物館は鳥の図の並びの違いを、メトロポリタン美術館は貝の本の後の摺りを具体的に記録する。写真の照明と色再現も違うため、題名だけで画像を交換しない。
ここでは図と歌の関係を説明し、所蔵館と研究書へ案内する。虫の本についてはメトロポリタン美術館の出版物に英訳があり、菊池庸介編の『歌麿「画本虫撰」「百千鳥狂歌合」「潮干のつと」』 [12]には三作の翻刻と語釈が収められることを国立国会図書館の書誌で確認した。後者の本文全ページを確認したわけではないため、そこに書かれた個々の解釈を未読のまま引用しない。
読者との対話
三つの本を、図と歌、所蔵品ごとの差から読み比べてください。
鑑賞の手がかり
生き物と歌は画面のどこで近づきますか。
浜辺の場面から小さな貝へ視線はどう変わりますか。
異なる現存本の順番をどう比較しますか。
感想を共有する
翻刻や別の所蔵本について、確認できる出典とともにお寄せください。
参考資料
- メトロポリタン美術館『Utamaro: Songs of the Garden』刊行物紹介と関連作品。
- 同書PDF、天明八年の広告と解説。
- 大英博物館《画本虫撰》一九七九・〇三〇五・〇・一五二・二。
- 大英博物館《画本虫撰》旧Banks蔵本。
- メトロポリタン美術館《蝶・蜻蛉》JP1046、《蝸牛・轡虫》JP1054。
- メトロポリタン美術館《潮干のつと》二〇一三・八九七、同館JIB47。
- スミソニアン国立アジア美術館《潮干のつと》FSC-GR-780.324。
- メトロポリタン美術館《百千鳥狂歌合》JIB43。
- 大英博物館《百千鳥狂歌合》一九一五・〇八二三・〇・六七・二。
- スミソニアン、Pulverer Collection「The World of Color-Printed Illustrated Books」。
- 東京国立博物館、蔦屋重三郎展出品目録(二〇二五年)。
- 国立国会図書館サーチ、菊池庸介編『歌麿「画本虫撰」「百千鳥狂歌合」「潮干のつと」』(講談社、二〇一八年)。



