歌麿《ポッピンを吹く娘》

著者:
Tom Gurney は美術史を20年以上研究しています。英国サルフォード大学 BSc (Hons)。
日本語版 最終更新:2026年9月24日
メール:tomgurney1@gmail.com / 電話:+44 7429 011000

ガラス玩具、市松模様、二つの連作名を、現物に見える文字から読む。

喜多川歌麿のポッピンを吹く娘

はじめに

小さなガラス玩具を口に当てた女性が、身体をひねって振り向く。指と細い管は小さく、右へ広がる袖は大きい。黒い髪には櫛や簪と赤い飾りが重なり、着物の市松模様は布の動きとともに曲がる。喜多川歌麿の《ポッピンを吹く娘》は、この大小の対比だけでも見飽きない。右上にある三列の短冊は、絵の名をそのまま記す札ではない。そこには連作名や絵師の文字があり、中央は空白になっている現物がある。

東京国立博物館のColBase [1]は、所蔵品A-10569-546を《婦女人相十品・ポッピンを吹く娘》とする。メトロポリタン美術館のJP1662 [2]は《ポペンを吹く娘》という日本語表記を用い、英語では Young Woman Blowing a Popen と呼ぶ。呼び方の違い以上に重要なのは、同じ構図に《婦女人相十品》と《婦人相学十躰》という異なる刷られた連作名が確認されることである。アダチ版画研究所の比較記事 [4]は、東京国立博物館とホノルル美術館の現物の短冊を並べ、この違いを読み解いている。

このページは、まず絵をよく見る。ガラス玩具、顔の向き、髪、着物、帯の順に視線を動かし、そのあとで短冊の文字に戻る。顔つきから人物の本当の性格を判定することはできない。当時の「人相」という趣向は、出版物が読者に約束した見方の一つとして検討する。大英博物館による関連作品の解説 [3]も、この枠組みを当時の流行や商業出版と結びつけて説明している。絵の女性の名前、私生活、玩具を吹いた日時を伝える史料ではない。

要点

項目 確認できること
作者・版元 歌麿の図柄。初期の人相画企画は蔦屋重三郎による出版で、現物の短冊には蔦屋の紋が見える。
時期 メトロポリタン美術館はJP1662を1792~93年頃とする。すべての摺りの発行日を示す数字ではない。
材料と大きさ JP1662は紙に色摺りの木版画、38.9×27.5cm。他の現物の寸法は各所蔵記録で確認する。
ポッピン 口に当てて音を出す小さなガラス玩具。東京国立博物館は「ビードロ(ガラス)細工のおもちゃ」と説明する。
二つの連作名 《婦人相学十躰》と《婦女人相十品》の現物がある。文字が変わった理由は確定していない。
掲載する提供画像 所有者提供の300dpi・拡大済みPD画像。所蔵番号は未確認で、短冊には《婦女人相十品》と中央の空欄が見える。

《ポッピンを吹く娘》の五つの細部

提供された300dpi・拡大済みの画像をもとにした注釈です。番号を選び、細部の画像を押すと拡大できます。

《ポッピンを吹く娘》の五つの細部

提供された300dpi・拡大済みの画像をもとにした注釈です。番号を選び、細部の画像を押すと拡大できます。

1

三列の短冊

《婦女人相十品》と中央の空白が見える。提供画像の元の所蔵番号は不明。

三列の短冊
2

玩具と指

細いガラスの管を唇から端の膨らみへたどる。

玩具と指
3

髪と赤い飾り

黒い髪の量感と細い線、横切る簪を見比べる。

髪と赤い飾り
4

市松模様の着物

格子と花が布の折れ目でどう動くか。

市松模様の着物
5

帯の幾何学

着物の大きな格子とは違う細かな模様。

帯の幾何学

ポッピンという小さな主役

玩具は画面の面積でいえばわずかだが、見る人が作品を覚える手がかりになる。東京国立博物館の展覧会資料 [5]は「ポッピンというガラス細工のおもちゃ」と記し、メトロポリタン美術館 [2]は英語で「glass noisemaker」と説明する。女性は細い管を唇に当て、指で支える。小さな膨らみが管の端にある。実物の玩具がどんな音量で鳴ったか、モデルが制作時に本当に吹いたかは、この版画からは分からない。絵が示すのは、音が出そうな一瞬である。

顔と指が重なる位置を見てみる。指が唇を少し隠し、管の細い線が顔の外へ伸びる。大判の画面では、この小さな動作が広い余白によって際立つ。右側の模様の濃い袖に玩具を重ねれば、管は読み取りにくくなっただろう。歌麿は玩具を顔のそばに置き、周りを明るく開けた。画面の「何もない」部分も、動作を見せるために働いている。

視線は静かな肖像に留まらない。身体は右へ流れ、顔は左へ向く。東京国立博物館は、声を掛けられたように急に振り返る町娘として、この姿勢を説明する。これは見える形に基づく魅力的な解釈だが、呼びかけた人物や場所が作品に描かれているわけではない。実際の出来事の記録と区別した上で、二つの行為——玩具で遊ぶことと、別の方向を向くこと——が同時に感じられる構図を楽しめる。

ポッピン、ポッペン、ポペン、ビードロという語は、現代の検索でも使われる。アダチ版画研究所 [4]は、浮世絵の個々の図に後世の便宜的な名前が付くことを説明し、本図については東京国立博物館に合わせて《ポッピンを吹く娘》を用いる。メトロポリタン美術館の《ポペンを吹く娘》も同じ図柄を探すための重要な異表記である。しかし、この言葉が掲載画像の短冊中央に刷られているわけではない。作品を呼ぶ現代の名前と、現物にある文字を分けて読む必要がある。

身体の向きが作る一瞬

首は左に向き、右側の袖は大きく広がる。顔と衣服の動きが同じ方向に揃わないため、静止した木版画に時間が生まれる。片手は口元に近く、もう片側の布は視線を外へ運ぶ。これは偶然目撃された姿をそのまま写したという証拠ではない。自然に見える瞬間を、人物の輪郭、布の模様、余白によって設計した表現と考えるのがよい。

表情については慎重でありたい。細い目や小さな唇から「いたずら好き」「恥ずかしがり屋」と断定することはできない。人相画という見出しは当時の鑑賞者に性質を読み取るよう誘っただろうが、その方法が人間の性格を正しく示すわけではない。分かるのは、手にガラス玩具があり、身体の向きが変わるように構成されていることまでだ。誰がモデルだったかを示す確かな所蔵記録も、今回参照した資料にはない。

顔の脇から首、肩、衿へ線を追うと、細い玩具から大きな衣服へ視線が移る。広い袖が消えれば画面の勢いは弱まり、玩具が消えれば振り向く女性の肖像として読める。二つが共存しているからこそ、何かが起きる途中という感覚が強い。音が聞こえない版画の中で、鳴る直前か直後かを想像させる点も面白い。ただし、これを当時の購入者全員の感想として書くことはできない。現在の図像分析として、見える構成から導く読みである。

髪と市松模様を近くで見る

髪は、顔の上に大きな黒い塊を作る。輪郭は太く明瞭だが、内側には髪の流れを示す細い線がいくつも走る。簪が横切り、赤い飾りが黒の連続を切る。上部の密度は、左の余白と強く対照をなす。拡大図では、黒一色に見えた部分の中に線の方向や層の違いがあることを確認できる。装身具を、モデルの身元を特定するための印として無理に読まない。髪型や装飾は、歌麿と職人が画面の重心を整える手段でもある。

着物の赤と淡色の市松模様は、下半分の印象を支える。東京国立博物館の資料 [5]も、華やかな衣服と淡く光る雲母の背景の対比に注目する。格子を平面の図案として眺めるだけでなく、肩や袖の折れ目でどう曲がるかを見よう。小さな花は格子の規則性を崩し、布が単調な面にならないようにする。広い袖が端へ伸びるにつれ、身体のひねりも伝わる。

帯に見える細かい幾何学模様は、大きな市松とは別のリズムを持つ。衿から袖へ、袖から帯へと視線が動くと、画面に複数の尺度があることが分かる。拡大図では、市松と帯を別々に示したい。一枚の縮小画像では「派手な着物」という一語で終わりがちなところに、異なる文様を重ねる設計と細かな版の位置合わせが見えてくる。大英博物館の栄之作品記録 [7]は、別の女性像の市松模様が歌麿の本図を思わせると述べる。ただし、似ていることだけで模倣の順序は決められない。

色を比較するときには、写真の条件を忘れない。所蔵者提供の拡大画像は、メトロポリタン美術館のJP1662画像 [2]より赤が強く見える。紙の変色、摺りの差、撮影、色調整、拡大処理などが影響しうる。画像だけで「こちらが初摺りの色」とは言えない。二つのファイルを別々の来歴で紹介し、実物の技法に関する断定は所蔵記録や保存研究に委ねる。

三列の短冊に書かれたこと

画面右上の枠は三つの縦長の列から成る。提供画像では、右に《婦女人相十品》、左に「相観 歌麿考画」と印があり、中央は空白に見える。メトロポリタン美術館JP1662 [2]の写真にも、後期の《婦女人相十品》と中央の空白が見える。両者の構図が似ていても、提供画像の元の現物がJP1662だとは確定していない。短冊の観察を共有しても、所蔵番号まで移してはならない。

アダチ版画研究所による比較 [4]では、ホノルル美術館の現物 [6]に《婦人相学十躰/相見 歌麿画》、東京国立博物館の現物に《婦女人相十品/相観 歌麿考画》とある。同じ女性と玩具の図柄に異なる連作名が刷られていることが、この図の重要な研究上の役割である。「十躰」と「十品」の違いだけでなく、「相見/相観」「歌麿画/歌麿考画」も変わる。英訳だけを読んでいると、この物質的な差を見落としやすい。

中央の空欄は、言葉がなかったという事実を示す。一方、同じ企画の別の図には「浮気之相」「面白キ相」といった文言が中央にある現物や、それが消えた現物がある。アダチの記事は、それらを手がかりに、初期の《十躰》から中央の説明文を削り、その後《十品》へ変更したという現在支持される説を紹介する。《ポッピン》は両方の連作名を結ぶが、本図の中央にも必ず特定の「〇〇之相」があったとは証明しない。残された空白に架空の性格名を書き入れることはできない。

変更の原因も未確定である。アダチが紹介する浅野秀剛の見解には、人相学の関係者からの反発があったかもしれないという推測が含まれる。しかし、その苦情を直接示す文書や、蔦屋に対する具体的な命令を今回の資料は示さない。短冊の文字が違うことは現物からの観察であり、変化の順序は研究上の復元、理由はさらに慎重に扱うべき仮説である。こう分けると、作品を面白くする謎を、根拠のない断定に変えずに済む。

同じ図柄と異なる現物

所蔵番号を確認できるメトロポリタン美術館の現物
所蔵番号を確認できるメトロポリタン美術館の現物. メトロポリタン美術館 JP1662、Public Domain。1792~93年頃、38.9×27.5cm。提供画像の元の現物と同一と断定しない。 所蔵記録.

メトロポリタン美術館JP1662 [2]には、所蔵番号、寸法、技法、来歴、パブリックドメインの表示がある。東京国立博物館ColBaseのA-10569-546 [1]は別の所蔵品である。ホノルル美術館4222 [6]は初期の題を考える重要な手がかりになる。同じ版画の図柄でも、一枚の紙の状態や見える文字、現在の所蔵先は同じとは限らない。作品ページで「歌麿のポッピン」という名前だけを記録しては、重要な違いが消えてしまう。

展覧会や図録で初期題の現物が紹介される場合も、現代の呼び名が同じだからといって、後期題のColBase A-10569-546と同一視できない。展示番号、所蔵者、文字、掲載画像の関係を一つずつ確かめる必要がある。今回のページでは、使用条件を記録できた画像だけを転載し、初期題の現物は所蔵機関とアダチの資料へ案内する。

提供画像は、所有者がパブリックドメインとして提供した2752×4000ピクセル、300dpi情報付きのファイルであり、品質向上のため拡大されている。注釈図の基礎として役立つが、元の現物の大きさ、所蔵先、摺られた日を伝えるものではない。ページ内では所有者の希望により見えるクレジットを付けない。対照画像として使うメトロポリタン美術館のファイルは、JP1662と明記し、同館へのリンクと権利表示を添える。画像の役割と根拠を取り違えないことが、美術史の説明の土台となる。

画像比較で言えること

提供画像とJP1662は、玩具、顔の向き、市松模様、後期の題を共有する。それによって同じ構図の比較はできるが、別々の紙を撮った写真かどうかまでは確定しない。一つの画像を色補正、切り抜き、拡大したものでも、形は当然似る。反対に、画面全体の色の違いより、短冊に刷られた文字の違いの方が版の状態を考える上で重要な場合がある。写真の倍率や角度、紙の伸縮が異なる画像を単純に重ね、ずれた画素数から年代を決めることはできない。

比較では、所蔵番号、現物に見える文字、目録が付けた題と年代、画像の再利用条件を別々に記録する。メトロポリタン美術館の公開記録 [2]はJP1662の画像をPublic Domainと表示する。ホノルルの現物は初期題の証拠として大切だが、その写真を商用サイトに転載する条件まで確認できたわけではない。写真を載せずに所蔵記録へリンクするのは、初期題の価値を軽く見たためではなく、現物と使用権を取り違えないためである。

木版画の仕事と雲母の背景

歌麿の図案は、輪郭や文字を担う主版と、複数の色を担う版を通して紙に現れた。細い髪の線、玩具の管、広い衣服の文様が一枚で調和するには、彫りと摺りの仕事が必要だった。大英博物館所蔵のアダチ版画研究所による1985年頃の復刻版木 [8]は、多色木版の構造を考える助けになる。ただし、それは別の人相画を再現した現代の版木であり、《ポッピン》の江戸時代の原版ではない。そこから本図の全ての色の付け方を直接証明することはできない。

背景の静かな色にも手間がある。東京国立博物館の展覧会資料 [5]は、淡く光る雲母の地を説明する。アダチ版画研究所 [4]は、こうした豊かな雲母の背景について、膠に混ぜた材料を型と刷毛で付けた可能性を技術者の立場から述べる。これは個々の現物を保存科学で調べた結果ではなく、制作方法に関する推測だ。画面ではただの淡い余白に見えても、紙の表面は光の角度に応じて変化したはずである。JPEGでその輝きを正確に再現することは難しい。

蔦屋重三郎の役割も見逃せない。短冊の印は出版者の名と結びつき、「人相」を読むという連作の趣向は、顔を大きく見せる版画を売り出す工夫になった。役者絵などで知られた大首絵に近い方法を女性像へ生かし、日常の小さな動作と上質な画面を組み合わせたのである。そう考えると、作品の魅力は「実在の少女を写実的に描いた」ことだけでは説明できない。読者の関心を引く題、洗練された図案、彫師と摺師の技能、物質としての紙が一緒に働いている。

注釈図の五つの見どころ

このページの注釈図では、所有者提供の拡大済み300dpi画像をもとに、五つの位置を示す。①短冊では《婦女人相十品》と中央の空白を確認する。②玩具と指では、細い管を唇から膨らみまで追う。③髪と赤い飾りでは、黒い量感と細線の関係を見る。④市松模様の着物では、格子が身体の折れ目で曲がるところを探す。⑤帯の模様では、大きな格子とは異なる細かい幾何学を見る。それぞれの拡大画像の下に、見えることと断定できないことを短く説明する。

全図には、出所の異なる二つの画像を使う。提供画像は現物の所蔵番号が未確認で、表記のないクレジットは所有者の指示に従う。メトロポリタン美術館の全図には、同館JP1662とPublic Domainの記録を明記する。初期題の比較はホノルル美術館の記録 [6]とアダチの記事 [4]へ案内する。所蔵が未確認の画像に別の美術館の番号を付けた合成比較図は作らない。

小さな玩具を見てから大きな袖へ、そして短冊へ戻ると、この図が単なる美人の肖像でも、ガラス製品の説明図でもないことが分かる。身振りと文様が一瞬を演出し、短冊の変化は出版の歴史を残す。分からない点——女性の身元、空欄にあったかもしれない文字、題を変更した理由——は、資料の欠落として明示しておく。その方が、現物を見比べる読者の観察にも、新たな研究にも開かれたページになる。

よくある質問

口に当てて鳴らす小さなガラス玩具で、東京国立博物館はビードロ細工のおもちゃと説明する。絵には細い管と膨らんだ端が描かれる。

現代の作品を呼ぶための説明的な名前である。掲載する後期題の短冊には《婦女人相十品》とあり、中央は空白。別の美術館には「ポペン」という表記もある。

同じ図柄に《婦人相学十躰》と《婦女人相十品》を刷った現物がある。文字の変更順について研究上の説があるが、変更の具体的な理由は確定していない。

元の現物は特定できていない。JP1662の画像は別に明示し、その寸法や来歴を提供画像へ移さない。

読者との対話

玩具、衣服、短冊の文字を、所蔵先が分かる現物と比べてください。

鑑賞の手がかり

ガラス玩具

細い管と手の位置をどう見ますか。

短冊

中央の空欄は何を確かめる手がかりですか。

摺りの比較

異なる所蔵品を比べる際に必要な情報は何ですか。

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別の摺りの文字や所蔵記録をご存じなら、出典とともに共有してください。

参考資料

  1. 東京国立博物館 ColBase《婦女人相十品・ポッピンを吹く娘》A-10569-546。
  2. メトロポリタン美術館《Young Woman Blowing a Popen》JP1662。
  3. 大英博物館、歌麿の関連人相画1945,1101,0.18。
  4. アダチ版画研究所「歌麿のあの名画の名前は? タイトル変更した浮世絵シリーズの謎」。
  5. 東京国立博物館、2025年蔦屋重三郎展報道資料。
  6. ホノルル美術館《Young Woman Blowing a Glass Pipe》4222。
  7. 大英博物館、鳥文斎栄之の作品1922,0213,0.7。
  8. 大英博物館、アダチ版画研究所製の復刻版木1985,0121.2.1-3。