歌麿の人相画

著者:
Tom Gurney は美術史を20年以上研究しています。英国サルフォード大学 BSc (Hons)。
日本語版 最終更新:2026年9月24日
メール:tomgurney1@gmail.com / 電話:+44 7429 011000

《婦人相学十躰》《婦女人相十品》の八図と、摺りによって変わる文字を読む。

歌麿の人相画、クリーブランド美術館の浮気之相
クリーブランド美術館1930.218、CC0。目録には《浮気之相》とあるが、この現物の短冊中央は空白。所蔵記録。

はじめに

扇を持つ女性、煙管の煙を吐く女性、ガラス玩具を吹く娘。顔と上半身を大きく描きながら、手、袖、道具、刷られた文字によって各図を違うものにしている。歌麿と版元の蔦屋重三郎は寛政年間の初めごろ、女性の「相」を題にした錦絵の一群を刊行した。だが、「十」を含む連作名から、現在十枚が揃うと考えてはいけない。関連する摺りには《婦人相学十躰》と《婦女人相十品》の二つの題があり、《ポッピンを吹く娘》には両方の文字を持つ現物がある。アダチ版画研究所の日本語研究記事 [1]は、現時点で八図の図柄を確認し、失われた図がかつて刊行された可能性も残している。

「人相」とは、顔や体の形から性格を読み取れるとする過去の考え方である。本頁はその言葉を、当時の知識や販売の仕掛けを読むために使う。現代の人間理解として支持するものではない。大英博物館の関連作品の解説 [2]も、人相学を疑似科学として位置づけ、歌麿の図がほかの流行の知識や娯楽と響き合ったことを説明する。画中の女性に「浮気」などの性格を断定するのではなく、その語が版画の題としてどのように機能したかを調べたい。

英語の所蔵目録では似た題が並ぶ。見分ける鍵は、日本語の文字、版元の印、図柄、所蔵番号である。八図の表はそれぞれの資料に進むための案内で、すべての現存する摺りを数え上げた目録ではない。《ポッピンを吹く娘》の作品ページでは、ガラス玩具、衣装、個別の摺りを詳しく読む。本頁では、同じ図柄に二つの連作名が見られることを中心に扱う。

要点

問い 資料から分かること
何図が確認できるか アダチ版画研究所は八図を示す。「十」と書かれていても、十図の現存や刊行完了は証明できない。
二つの題は何か 《婦人相学十躰》と《婦女人相十品》。ポッピンの同一図柄には両方の題の摺りがある。
どちらが先か 現在支持される説は《十躰》が先。三連の短冊内の文字の変化を根拠とするが、改題の理由は未詳。
版元は誰か 初期の資料に蔦屋の印がある。ただし一枚ごとに印と所蔵記録を確認する。
画面の特徴は 顔と上半身を大きく見せ、雲母の地と仕草、道具、相を読むという題を組み合わせた。
何を除くか 後の別版元による《婦人相学拾躰》は別の企画として扱う。

《浮気之相》の現物を四つの細部から読む

番号から細部へ進み、画像を押すと拡大できます。切り抜きは保存済み8042×12022ピクセル、300dpiのクリーブランド美術館原版から作りました。

《浮気之相》の現物を四つの細部から読む

番号から細部へ進み、画像を押すと拡大できます。切り抜きは保存済み8042×12022ピクセル、300dpiのクリーブランド美術館原版から作りました。

1

短冊の空欄

この現物には《婦人相学十躰》と作者の文字があるが、中央の「浮気之相」は見えない。

短冊の空欄
2

髪と顔

細い髪の線とわずかな顔の向きが、大首絵の近い視点をつくる。

髪と顔
3

手と袖

伸びた手と細かい衣の模様を見比べる。性格を証明する特徴ではない。

手と袖
4

桃色の雲母地

クリーブランド美術館は、この現物の地を桃色の雲母と記す。

桃色の雲母地

まず刷られた日本語を見る

小さな短冊の文字は、画面全体の同定を左右する。アダチ版画研究所は東京国立博物館の《ポッピンを吹く娘》 [3]とホノルル美術館の現物 [4]を比べる。東京国立博物館の短冊には「婦女人相十品/相観 歌麿考画」、ホノルルの現物には「婦人相学十躰/相見 歌麿画」が刷られている。娘とガラス玩具の図柄は同じでも、連作名と絵師の言葉が違う。二つの英訳の言い回しが異なるだけではなく、紙に載った文字そのものが異なるのだ。

短冊は縦に連なる三つの欄として読める。初期の図のうち少なくとも二つには、中央に「浮気之相」「面白キ相」と記した摺りがある。他方、その中央の語を欠く現物もある。元から空欄だったと即断せず、別の摺りに文字が残るかを調べる必要がある。文字を削った後にも枠だけが残れば、そこに語を置く計画があったことを示す手がかりとなる。ただし一枚のデジタル画像から正確な摺りの年を求めることはできない。輪郭線、版元印、紙と余白も合わせて確かめたい。

クリーブランド美術館の《浮気之相》1930.218 [5]は、作品目録に「婦人相学十躰浮気之相」とあり、1793年ごろのCC0画像を公開する。しかし実際のファイルを拡大すると、左上には《婦人相学十躰》と作者・版元に関わる文字が見える一方、中央の「浮気之相」が入るはずの欄は空白である。目録の作品名は図柄を探すための名称であり、この現物に印刷された全文の転記とは限らない。ミネアポリス美術館の別の現物 [6]は文字のある版を比べるための資料となる。画像の商用利用は別に確かめる必要があるため、本頁ではクリーブランドの公開ファイルを掲載し、ミネアポリスの記録を比較先として紹介する。

この違いが分かると、「《浮気之相》と刷られた図」という短い説明がすべての現存品に当てはまらないことが分かる。特定の所蔵番号、図柄としての題、画像内に見える文字を分けるべきだ。本頁の拡大画像が示す空欄は、1930.218という一枚についての観察であり、他の摺りも同じ段階だったという証明ではない。

八つの図柄と一枚一枚の摺り

アダチ版画研究所は、《ポッピン》の図柄が二つの連作名をつなぎ、半身像と雲母の地、蔦屋の出版企画という共通点があることから八図を一群とする。短冊に《十躰》を持つものがポッピンのほかに四図、《十品》を持つものがポッピンのほかに三図。計八図である。これは図柄の数で、印刷された紙の枚数ではない。同じ図柄が複数の美術館にあり、文字のある版と削った版もあり得る。以下は各図へ進む表であって、全摺りを集めた「完全版」ではない。

図柄・便宜上の名 確認先 注意点
浮気之相 クリーブランド1930.218 [5]、ミネアポリスの例 [6] クリーブランドの画像は中央の語が空白。図柄の目録名と現物の文字を区別する。
面白キ相 シカゴ美術館44332 [7] 《十躰》側の図柄。掲載する個別ファイルの中央欄を確認してから転記する。
団扇を逆さに持つ女 ボストン美術館の現物 [8] 《十躰》側。便宜上の説明名をそのまま刷られた題としない。
指折り数える女 大英博物館1945,1101,0.19 [9] 《十躰》側。後の似た題の作品と混同しない。
ポッピンを吹く娘 メトロポリタンJP1662 [10]、東京国立博物館 [3]、ホノルル4222 [4] 同じ図柄に二つの連作名。メトロポリタンの記録は《十品》と「ポペン」を用いる。
文を読む女 シカゴ美術館44329 [11] 《十品》側。豊ひなが手紙を読む別の肖像とは別図柄。
煙草の煙を吹く女 シカゴ美術館8185 [12] 《十品》側。氏名の分かる人物と断定しない。
日傘と扇を持つ女 メトロポリタンJP2730 [13] 《十品》側。同館は1792―93年ごろとし、公開画像をパブリックドメインとする。

「十」という字から残り二つの行を作らない理由がある。十図を企画して完成しなかったのか、刊行はされたが紙が残らなかったのか、別の館に未同定の図があるのか、現状では決められない。アダチ版画研究所も、十図が存在して失われた可能性を否定していない。「確認できる八図」という表現が資料に合う。二つのポッピンの短冊を二図と数えるのも違う。同じ構図の異なる文字をもつ摺りは、図柄と版の段階を分けて記録する。

《十躰》を先と考える理由

アダチの説明によると、昭和期には《婦女人相十品》が先、《婦人相学十躰》が後という説も強かった。後の別の連作が似た名で存在することが、その順序を考える材料になった。これに対し浅野秀剛氏の提案は順番を逆にする。初めに《十躰》の三連短冊の中央へ「○○之相」という語を置き、次に中央の文字が削られ、さらに上下の語も《十品》の形へ変更された、という復元である。「浮気之相」「面白キ相」の語を持つ現物と、欠く現物の存在、そしてポッピンの二つの題が、この説を支える。

それでもこれは研究上の復元であり、蔦屋の刊行日誌が残っているわけではない。画像から読める文字と空欄、版木を削れば文字を消せるという技術上の可能性は、変更の向きを考える助けになる。だが、すべての図が同じ順番で改版されたか、一枚ごとにいつ摺られたかまでは確定しない。改題の原因についても慎重にしたい。アダチは浅野氏が人相学の関係者からの抗議を推測したと説明するが、抗議文や規制の通達を示して「原因がこれだった」と証明するわけではない。「歌麿考画」への変更を理解しやすくする仮説であって、確定した事件ではない。

本頁の小さな図解は、画像で観察できる「中央に語がある/ない」「上下の文字が違う」を示し、順序を表す矢印には「有力説」と明記する。所蔵館の年代をそのまま矢印の確証としないことも重要だ。ある美術館の1793年ごろという年は、その館の現物の年代表示である。企画のすべての版の発行順を保証するものではない。

後の《婦人相学拾躰》を混ぜない

後年の《婦人相学拾躰》は、数字の「拾」が入り、ローマ字では早期の《婦人相学十躰》と見分けにくい。アダチ版画研究所は、鶴屋喜右衛門、山城屋藤右衛門など別の版元による後の企画として分けている。シカゴ美術館の煙管の図 23938 [14]はその比較資料であり、初期の八図に入れない。英語の “Ten Types” だけで検索すると二つの企画の資料が混ざりやすい。日本語の字、版元の印、画面、所蔵番号を合わせて確認する。

女性の半身像、人相をめぐる題、十図という構想が後に再び使われたことは不思議ではない。しかし似た形式は同じ出版企画である証明にならない。本頁の八図表は初期の蔦屋版の資料に限定し、後の作品は表の外に説明を置く。知らない二図を別企画から借りて「十図揃い」に見せると、最も重要な研究上の未解決点を隠してしまう。

大首絵と「相」を読む仕掛け

この一群では、女性の顔と上半身が紙の大部分を占める。役者絵には先例があった大きな肖像形式を、美人画の販売にも用いたとアダチは考える。「人相」という語は、顔からある「型」が分かるような期待を買い手に与えたのだろう。だが、画面は単純な分類表ではない。クリーブランドの桃色の地をもつ《浮気之相》では、顔の傾き、伸びた手、開いた衣の細かい模様が視線を動かす。メトロポリタンの日傘図では、大きな傘と扇の形が顔と競い合う。仕草や持ち物は、「顔だけで性格を読む」という安易な説明をむしろ複雑にする。

「浮気」「面白い」といった言葉を、実在の女性への判断として使わない。江戸時代の出版物の題や、後の目録上の説明として示す。三美人図に名前がある女性たちと、この人相画の女性たちを勝手に同定もしない。ガラス玩具を吹く娘が特定の人物だったのか、理想像だったのか、モデルの名が失われたのかは、ここで使う資料からは決められない。観察できる手の向き、表情、短冊の文字を丁寧に述べれば、性格を読み取ったふりをする必要はない。

大英博物館の《浮気之相》に関わる記録 [2]は、人相の話が当時の読み物や戯れとも関わることを示す。題と画面が一対一で「診断」の結果を表すわけではない。個々の絵には衣服、道具、動作による魅力がある。だから本頁は八人の架空の性格伝を作らず、連作という出版の仕組みを説明する。

雲母の地と紙の質感

クリーブランド美術館の1930.218 [5]は桃色の雲母地を持ち、同館はこの連作で桃色の雲母をもつ摺りは二つだけと説明する。公開画像には温かい色の細かな地が見えるが、雲母が照明で変える光沢は画面上では再現しきれない。メトロポリタンのポッピンJP1662 [10]は現行写真ではもっと淡い色に見え、日傘のJP2730 [13]も別の色合いだ。JPEGの色を並べただけで初摺り、後摺りの順番を決めない。退色、撮影光、デジタル調整が関わり得るからだ。

アダチ版画研究所は、蔦屋版の広い雲母地が、雲母と膠を混ぜ、型紙と刷毛で付けられた可能性を技術者の視点から推測する。すべての現存品を分析して確定した工程としては扱わないが、無地に見える背景にも材料費と手間がかかったことを考えさせる。細い髪の線、重なった色、光る地は、歌麿の図案だけでなく彫師、摺師、版元の判断によって現物となる。本頁の拡大画像は高解像度の所蔵館ファイルから作るが、画像の拡大と紙の顕微鏡観察は違う。材料や道具を言い切るには保存科学の調査が必要である。

ポッピンが二つの題をつなぐ

《ポッピンを吹く娘》の女の子とガラス玩具は、東京国立博物館 [3]、ホノルル美術館 [4]、メトロポリタン美術館 [10]の資料で見比べられる。現物に刷られた連作名は同じではない。呼称もポッピン、ポッペン、ビードロと揺れる。アダチは東京国立博物館の《ポッピンを吹く娘》を日本語表示名として採用するが、その語が歴史上のすべての紙に刷られたという意味ではない。メトロポリタンのJP1662は日本語欄に「ポペン」、連作欄に《婦女人相十品》を記す。

本頁ではポッピンの短冊を見てからほかの七図へ進む。個別ページでは、吹く玩具の構造、上がる両手、格子の袖、所有者提供の高解像度パブリックドメイン画像と所蔵館の現物の違いを詳しく扱う。同じ図柄に別の文字があるという事実はシリーズ全体を説明し、玩具と仕草を読むことは一図の鑑賞を深める。この役割の違いが二ページを設ける理由である。

日傘図が残す版木の問い

メトロポリタン美術館のJP2730 [13]には《婦女人相十品》とあり、女性は日傘と扇を持つ。日傘が右上の題の近くまで広がり、短冊が画面から独立していない。アダチは、この図の三連短冊を後から変更するにはほかの図より手間がかかりそうだと指摘し、改題前に図案や版木が準備されていた可能性を考える。また、この図に極印がないことや、衣の紋が上から別の色で覆われたように見えることも研究上の問いとして挙げる。どれも現物調査の糸口であり、画像一枚から出版順を確定する証拠ではない。

傘は画面上部に大きな弧をつくり、開いた扇は下に小さな弧をつくる。顔は二つの形の間で見え隠れする。題が「人相」を語っても、絵の魅力は顔だけに宿らない。面の大きさ、曲線、着物の模様と視線の向きが組み合わされる。名前の分からない人物を勝手に特定せず、まずこの造形を読む。

画像と資料の使い方

本頁に載せるメトロポリタンの画像は各現物がパブリックドメイン、クリーブランドの画像はCC0と確認した。所蔵番号、日付、寸法、権利表示、元画像を台帳へ残す。シカゴ、大英博物館、ミネアポリス、ボストン、ホノルル、アダチ、ColBaseのリンクは八図の表と研究に役立つが、公開ページを見られることだけでその画像を商用サイトへ転載できるわけではない。画像は権利を確認した図に限り、八行を無理に埋めない。ページ用のJPEGは横1024ピクセル、品質80、144dpiとし、元の高解像度ファイルを保存する。

画面で見える文字、目録が図柄に付けた名、研究者が変化の順序として推測することを分ければ、読者は新しい現物が見つかった時にも資料を読み直せる。表と文字の比較はそのための道具である。理論の空白を断定で埋めず、現存する印刷物が伝える差を楽しみたい。

よくある質問

現在参照するアダチの研究では八図が確認できる。残る二図が未刊行だったのか、失われたのかは確定していない。

関連する現物に《婦人相学十躰》と《婦女人相十品》がある。ポッピンは両方の題で残る。《十躰》が先という説が有力だが、改題の原因は未詳である。

1930.218の公開画像では中央の欄が空白である。目録名は図柄を指すので、現物に見える文字と分けて紹介する。

顔から性格を判断できるという歴史的な主張であり、現在の人を評価する方法として扱わない。版画の題や販売文化を理解するために説明する。

読者との対話

短冊の文字と図柄を、所蔵番号の分かる現物で比べてください。

鑑賞の手がかり

短冊

中央の空欄はどう見えますか。

八図

二つの題をつなぐ図はどれですか。

地の光

桃色の雲母地は画像でどこまで分かりますか。

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参考資料

  1. アダチ版画研究所、歌麿の連作名の変更に関する研究記事。
  2. 大英博物館、《浮気之相》関連作品1945,1101,0.18。
  3. 東京国立博物館、ColBase《ポッピンを吹く娘》A-10569-546。
  4. ホノルル美術館、《ポッピン》所蔵品4222。
  5. クリーブランド美術館《浮気之相》1930.218。
  6. ミネアポリス美術館《Fancy-free Type》。
  7. シカゴ美術館《面白キ相》44332。
  8. ボストン美術館、団扇の図234053。
  9. 大英博物館、指折り数える女1945,1101,0.19。
  10. メトロポリタン美術館《ポペンを吹く娘》JP1662。
  11. シカゴ美術館《文を読む女》44329。
  12. シカゴ美術館《煙草の煙を吹く女》8185。
  13. メトロポリタン美術館、日傘の図JP2730。
  14. シカゴ美術館、後の煙管の図23938。
  15. クリーブランド美術館、団扇を持つ女性1940.1031。
  16. 東京国立博物館、2025年の蔦屋重三郎展出品目録。