歌麿《青楼十二時 続》

著者:
Tom Gurney は美術史を20年以上研究しています。英国サルフォード大学 BSc (Hons)。
日本語版 最終更新:2026年9月24日
メール:tomgurney1@gmail.com / 電話:+44 7429 011000

十二支の刻をたどりながら、画面の細部と所蔵記録から歌麿の連作を読む。

喜多川歌麿《青楼十二時 続》卯ノ刻の図柄

はじめに

女性のそばに、鐘のような形と二本の分銅を備えた細長い図案が立つ。上には「卯ノ刻」、縦には「青楼十二時 続」。喜多川歌麿の《青楼十二時 続》は、この時刻の札を繰り返しながら、吉原の女性たちを十二支の刻ごとに描き分けた錦絵の連作である。国立国会図書館の蔦屋重三郎展 [1]は、遊女の一日を一刻ごとに示す揃い物と説明する。シカゴ美術館 [2]には、子から亥までを確認できる十二件の作品記録がある。

この連作は、豪華な衣服を眺めるだけでは読み尽くせない。手紙を読む、髪を整える、履物を履く、手相を見てもらう。小さな動作と人々の関係が、刻の移り変わりを感じさせる。一方、各図が実在する一人の遊女の生活を時刻順に記録したことを示す資料はない。大英博物館の《午ノ刻》解説 [5]も、客には見えにくい「私的」な時間を見せる趣向として連作を捉えている。販売される版画に仕立てられた親密さと、吉原で働いた女性の現実を区別しながら読みたい。

作品を読むための要点

項目 確認できること
絵師と版元 喜多川歌麿が図を描いた。太田記念美術館が所蔵する卯・午・戌の三図は蔦屋重三郎版として掲載される。
年代 太田記念美術館は三図を寛政六年(一七九四)頃、シカゴ美術館は十二件を一七九四年頃、大英博物館は同館の午図を一七九五年頃とする。いずれも所蔵品に対する目録上の推定である。
形式 シカゴ美術館の記録では大判の多色木版画。寸法は一枚ごとに異なる。
時刻 子から亥までの十二支で一昼夜を構成する。下表の現代時刻は定時法に基づく目安で、江戸時代の不定時法をそのまま表さない。
掲載画像 提供された卯図、メトロポリタン美術館の丑図JP977、アムステルダム国立美術館の未図RP-P-1965-442は、それぞれ来歴の異なる画像である。

《卯ノ刻》の五つの細部

所蔵者提供の300dpi元画像から作成。番号を選び、細部の画像を押すと拡大できます。元の現物の所蔵番号は未確認です。

《卯ノ刻》の五つの細部

所蔵者提供の300dpi元画像から作成。番号を選び、細部の画像を押すと拡大できます。元の現物の所蔵番号は未確認です。

1

卯ノ刻と時刻の札

鐘の形に刻の名があり、連作名は二本の重りの間を下がる。

卯ノ刻と時刻の札
2

髪と簪

黒い髪の大きな形の内側に細い線が重なり、簪が横切る。

髪と簪
3

衿と衣服の重なり

異なる色や文様の層が身体の向きに沿って曲がる。

衿と衣服の重なり
4

布の中の人物像

持つ布の中に髭のある人物の顔が描かれる。由来は未確認。

布の中の人物像
5

画面下の長い裾

衣服が下端を横に走り、立ち姿を支える。

画面下の長い裾

絵より先に時刻の札を見る

提供された《卯ノ刻》の画像では、上部に「卯ノ刻」と書かれた鐘状の部分があり、その下の小さな装飾を経て、縦長の「青楼十二時 続」へつながる。左右には分銅のような重りが下がる。大英博物館 [5]は《午ノ刻》の同種の図案を、行灯時計を様式化したものと説明する。時計の針や文字盤を写実的に描く代わりに、見る人へ「これは連作の何番目か」を知らせる目印にしている。

小さな札は、画面の設計にも関わる。卯図では女性の全身が右側に寄り、左には広い余白がある。時刻の札はその余白側に立ち、人物を囲む部屋を描かずに、画面へ時間の手がかりを与える。未図では札が右上に移り、三人の姿から離れて見える。同じ文字の仕組みを使いながら、構図は一枚ごとに変わる。時刻表示は単なる飾りではなく、独立した図を揃い物として認識させる出版上の工夫である。

「青楼」は遊里を指す語であり、英語圏の所蔵館では Twelve Hours in Yoshiwara などと説明される。現物に英語の題が刷られているわけではない。また「続」も題の一部である。日本語版では《青楼十二時 続》を基本表記とし、所蔵館が「青樓」「續」と旧字体で記す場合は、その現物の引用として残す。異なる表記を同一の版画と決めるには、題の似かよりだけでなく図柄と所蔵記録を照合する必要がある。

十二支の刻と、現代の時計の違い

十二支の刻を選ぶ

現代時刻は国立天文台の定時法による目安です。江戸時代には不定時法も使われました。

子ノ刻 — 真夜中頃 · シカゴ美術館の現物を見る

国立天文台暦計算室の「十二支」 [3]は、定時法で子を二三時から一時、卯を五時から七時、午を一一時から一三時とする。同じ解説は、不定時法でも十二支を用いるので、どちらの時刻か注意が必要だと明記する。江戸時代の昼と夜を日の出・日没に応じて分ける方法は、季節によって一刻の長さが変わる。したがって、下の表を「歌麿が午前六時に目撃した出来事」のようには読めない。現代の読者が順序をつかむための補助である。

十二支 刻 定時法による目安 シカゴ美術館の現物
子 子ノ刻 二三時~一時頃 1925.3062 [13]
丑 丑ノ刻 一時~三時頃 1925.3051 [14]
寅 寅ノ刻 三時~五時頃 1925.3052 [15]
卯 卯ノ刻 五時~七時頃 1925.3053 [2]
辰 辰ノ刻 七時~九時頃 1925.3054 [16]
巳 巳ノ刻 九時~一一時頃 1925.3055 [17]
午 午ノ刻 一一時~一三時頃 1925.3056 [18]
未 未ノ刻 一三時~一五時頃 1925.3057 [19]
申 申ノ刻 一五時~一七時頃 1925.3058 [20]
酉 酉ノ刻 一七時~一九時頃 1925.3059 [21]
戌 戌ノ刻 一九時~二一時頃 1925.3060 [22]
亥 亥ノ刻 二一時~二三時頃 1925.3061 [23]

注意したいのは、シカゴ美術館の子図 [13]の英語題に [12pm] とあることだ。午後十二時は正午だが、国立天文台の子の目安は真夜中を中心とする。丑図の英語題は午前二時を示し、大英博物館も午の刻を正午頃と説明するため、子図の角括弧内は換算か入力の誤りと考えられる。ただし所蔵館の題を引用するときには勝手に書き換えない。本文の時刻案内では「子は真夜中頃」と明示し、読者が誤記を連作そのものの情報と混同しないようにする。

十二件の所蔵番号が続いていても、順番は刊行順の証拠ではない。シカゴの番号は丑から連続し、子が末尾に位置するが、それは同館の所蔵管理上の順序である。どの図が先に版木へ彫られたか、どの店でどの順に売られたかを、この番号から復元することはできない。ここでは鑑賞しやすい十二支の順に並べ、刊行順を決めたとは主張しない。

卯ノ刻——一人の姿と広い余白

所蔵者から提供された《卯ノ刻》の高解像度画像では、女性が右側に立ち、左を向く。高く結った黒髪には長い簪が交差し、衿元から幾重もの衣服が下へ流れる。手元の布には、髭のある人物の顔が大きく描かれている。布の端が右へ続き、着物の裾は画面の底を横に走る。単に「朝の支度」と一語で片付けると、余白、髪、重なった布、布の中の絵という複数の見どころが見えなくなる。

卯の刻は定時法の目安では明け方に近い。しかしこの一枚だけでは、女性が誰で、誰のために何を身に着けようとしているかは分からない。表情が静かだからといって、その心境や実際の睡眠時間まで決められない。見えるのは一人の姿と、衣服を扱うような動き、それを際立たせる配置である。女性の頭と縦の題は紙の上方にあり、裾が下に広がるため、細長い画面全体に姿が行き渡る。

この提供ファイルは二六〇八×四〇〇〇ピクセル、三〇〇dpi情報付きのパブリックドメイン画像である。元となった歴史的な一枚の所蔵番号はまだ確定していない。シカゴ美術館の卯図1925.3053 [2]や太田記念美術館が展示した卯図 [8]と同じ図柄を考える材料にはなるが、提供画像をどちらかの写真として表示してはならない。掲載時には所有者の指示に従い、見えるクレジットを付けない。画像台帳には出所未特定であることを残す。

注釈画像では、この三〇〇dpiの元ファイルから、①「卯ノ刻」の鐘、②「青楼十二時 続」の縦書き、③髪と簪、④衿の重なり、⑤布に描かれた人物の顔を拡大したい。各点にはポップアップで画像の細部を示し、その下に短い説明を置く。注釈は「ここに何が見えるか」「それをどう読めるか」「まだ何が分からないか」を分けて書く。拡大したからといって、布の柄の由来や女性の身分を断定できるわけではない。

丑ノ刻——夜中の小さな動作

メトロポリタン美術館の《丑ノ刻》
メトロポリタン美術館の《丑ノ刻》. JP977、約1794年、37.1×24.4cm、Public Domain。提供画像やシカゴ美術館の丑図とは別の現物。 所蔵記録.

メトロポリタン美術館の《丑ノ刻》JP977 [6]は、一七九四年頃の多色木版画として公開される。寸法は三七・一×二四・四センチで、画像にはPublic Domainの表示がある。題の日本語には《青楼十二時 続 丑の刻》とある。同館の写真では、女性が頭を下げ、片手で衣服をまとめ、もう一方の手に細いものを持つ。足元には履物が一つ見え、まだ足を置いていないように見える。左端には模様のある布が入り、右の大きな余白には時刻の札が立つ。

国立国会図書館の蔦屋重三郎展 [1]は、同じ題の丑図について、懐紙と蠟燭を持ち、用を足すために草履を履こうとする、眠そうな女性と説明する。これは国会図書館が紹介する画像への解説であり、JP977の現物を同館が直接調査したという意味ではない。メトロポリタン美術館の写真にも低く傾いた顔、持ち上げた衣服、足元の履物は見える。一方、「用を足す」という行き先や疲労は、絵の線だけから確定する事実ではなく、図像に対する所蔵機関の解釈として伝えるのが適切だ。

小さな動作を題材にしながら、画面は粗雑ではない。黒っぽい長い衣服の線、明るい衿、手元の細部が対比を作り、傾いた頭から足元まで一本の流れが通る。履物の置き方は次の動作を想像させる。時刻札の脇に広い余白があるため、夜の出来事を説明する部屋や廊下を描かずとも、鑑賞者は一場面を思い描ける。この余白を「その場の正確な間取り」とはせず、版画の構図として見ることが大切である。

午ノ刻——手紙、髪、鏡

午の刻は定時法では正午頃。国立国会図書館 [1]は《午ノ刻》を、昼見世のための身支度として説明する。髪を梳かれている花魁は煙管に煙草を詰めながら手紙を読み、その合間に禿が鏡を使って自分の髪を整えるという。昼見世とは、通りに面した店先で遊女が客を招く場面に関係する、と同展は補足している。手紙の文字を読者が確かめられるわけではないが、紙を受け取る動きが複数の人物の注意を集める。

大英博物館所蔵の《午ノ刻》1935,1214,0.8 [5]も、手紙、髪を整える遊女、鏡を見る禿を記録し、傍らに新造がいると説明する。新造は年長の見習い、禿は年少の付き人であり、同じ語ではない。場面の中心が華やかな花魁であっても、髪を整える人や手紙を取り次ぐ人の仕事によって、その姿が成り立つ。見る人が「花魁の私生活をのぞいた」と感じるように作られた図であることと、実際の働き手がいたことを両方考えたい。

手紙は、本文が読めなくても物語を生む。誰が出したのか、返事を書くのか、相手を待っているのかは、この資料だけでは分からない。鏡を使う禿には、花魁を補助するだけではない小さな動きも与えられている。そうした仕草の組合せが画面を生き生きと見せる。しかし、場面全体が買い手に向けて彫られ、摺られ、流通したことを忘れない。親密な出来事のように見える効果も、歌麿と版元の企画の一部である。

未ノ刻——手相を見る三人

アムステルダム国立美術館の《未ノ刻》
アムステルダム国立美術館の《未ノ刻》. RP-P-1965-442、1793~97年、384×245mm、Public domain。手相を見る三人を描く。 所蔵記録.

アムステルダム国立美術館所蔵の《未ノ刻》RP-P-1965-442 [7]は、占いの場面として目録に記される。同館の説明では、橙色の格子模様の着物を着た遊女が、菊の文様の着物を着た少女の手を読み、透ける黒い衣服の女性が占いの道具のそばに座る。実際の公開画像には三人の身体の向きと手の関係が見え、左側の黒い衣服が、中央の明るい着物と対照をなす。上方には大きな余白があり、右上に時刻の札が置かれる。

卯図の一人の立ち姿に対し、未図では視線が人物から人物へ移る。中央の女性の手の動きが右側の少女へつながり、左の人物は少し離れた位置から場面の広がりを作る。時刻は札で示され、関係は衣服、顔、手、小さな道具で伝わる。毎図同じ構図を繰り返す連作ではないことが、二図を並べると分かる。ただし、ある午後に実際にこの三人が集まり、占いをしたという記録ではない。目録が名付ける行為と、絵として見える手の動きを区別する。

同館はこの一枚を一七九三~九七年と広く年代づけ、版元を蔦屋重三郎とする。現物の寸法は三八四×二四五ミリメートル。これはシカゴ美術館の未図1925.3057 [19]の寸法ではない。使う画像も、アムステルダム国立美術館の公開画像から取得したRP-P-1965-442のファイルである。色の濃淡や紙の状態が別館の写真と違って見えても、それだけで摺りの先後を決めない。画像台帳には、所蔵番号、公開ページ、Public domain表示、元画像の保存場所、縮小処理を別々に記録する。

装いを支える仕事と、描かれない生活

太田記念美術館の「花魁ファッション」 [8]は、花魁の髪形、簪、季節ごとの衣装、前結びの帯を紹介する一方、吉原が「苦界」とも呼ばれたことに触れる。華やかな装いと、厳しい境遇は同じ場所にあった。装いの絵を楽しむことと、そこで働いた女性の制約を無視することは同義ではない。特に禿や新造の役割を一律に「美人」と呼んでしまうと、画面の中の年齢や仕事の違いが見えなくなる。

《青楼十二時 続》には、客の前で見せる華やかさの準備が描かれる。午図の髪や鏡、丑図の衣服と履物、未図の三人のやり取りは、いずれも何かをしている人を画面へ入れる。見る人は動作から時間の流れを想像するが、版画には契約、借金、移動の制限など、遊郭の制度全体が描かれているわけではない。見えないから存在しなかったとも、全ての人物について同じ事情だったとも言えない。美術作品が選んで見せる範囲を知ることが、作品そのものを注意深く見る助けになる。

版元の企画としても、一刻ずつ異なる図を揃えられる仕組みは巧みである。太田記念美術館の二〇二五年展作品リスト [4]は卯・午・戌を蔦屋重三郎版とし、寛政六年頃に置く。アムステルダム国立美術館の未図 [7]も蔦屋を版元とする。同じ時刻札が集める楽しみを作り、それぞれの図柄が次の一枚への期待を作る。これを「十二時間に一人の女性の全行動を忠実に記録した」と言い換える必要はない。出版社が一日を見せる形式を選んだのである。

木版画としての現物にも差がある。線を彫る版、色を摺る版、紙、摺る際の状態、その後の保存や撮影が、現在見える姿に影響する。シカゴ美術館の十二件は大判の色木版画だが、寸法は完全には一致しない。メトロポリタン美術館のJP977とアムステルダム国立美術館のRP-P-1965-442も異なる所蔵品である。ウェブ画像の色だけで「初摺り」「後摺り」や当初の色彩を判定しない。画像を比較する前に、どの写真がどの紙を写したかを確かめる。

この連作をまとまって調べる書籍として、国立国会図書館が書誌を公開する [9] A Courtesan's Day: Hour by Hour がある。Cecilia Segawa Seigleらの論考を収めたHotei Publishing刊(二〇〇四年、ISBN 9789074822596)で、書誌紹介によればTimothy Clarkが歌麿の各図の解説を担当する。今回は書誌情報と概要までの確認で、本文の各ページを閲覧したわけではない。未読の解説から具体的な説を借りたように書かず、書籍推薦欄と今後の調査先として示す。吉原全体の歴史には、University of Hawai‘i Press刊のSeigle著 Yoshiwara: The Glittering World of the Japanese Courtesan [10]も重要な参考候補となる。

同じ時刻でも別の連作

歌麿の作品には別の時刻を題とする美人画もある。大英博物館の《子の刻・女房》 [11]と《亥の刻・芸者》 [11]は《風俗美人時計》に属し、《青楼十二時 続》の子図や亥図ではない。太田記念美術館の二〇二五年作品リスト [4]には《娘日時計》の辰図と午図もあるが、版元は村田屋治郎兵衛である。同じ絵師、同じ十二支、同じ女性の主題だけでは、連作の同定はできない。

太田記念美術館の展覧会 [8]に見える鳥文斎栄之《吉原十二時絵巻》も、題は似ているが別の絵師による肉筆絵巻である。また、スミソニアンのPulverer Collection [12]が紹介する歌麿の一八〇四年の《青楼絵本年中行事》は、吉原の年中行事を扱う版本であり、一日の十二刻を描く本連作とは異なる。比べることはできても、一つの作品目録へ混ぜない。

十二図をどう見比べるか

まず刻の名前と時刻札を探す。次に人物の数、余白の広さ、身体と衣服の向き、手元のものを見る。卯図では一人の全身と広い左側の余白、丑図では傾いた姿勢と足元の履物、未図では三人の手と視線がそれぞれ中心になる。午図では手紙、髪、鏡の間を目が往復する。これらは確認できる画像と所蔵館の解説に基づく比較であり、十二枚全ての紙質や保存状態を同じ条件で調査した結果ではない。

その上で、誰の仕事が画面を動かすかを考える。鏡を持つ禿、髪を整える人、手を差し出す人や読む人は、主役の装いを支え、時には自分自身の仕草を持つ。誰かの名前や声を版画から取り出せなくても、役割の違いを見落とさないことはできる。見る側が想像できることと、所蔵記録が証明することの境界を意識すると、時刻表は単なる一覧ではなく、各図を再び見るための案内になる。

最後に、一人の主人公を十二図に無理に当てはめない。十二支は一日の枠組みを作るが、同じ人物が全ての刻に登場するという確証はない。歌麿は、一日を「全部見られる」感覚を売りながら、図ごとに異なる構図と活動を用意した。連作の面白さは、揃えると時間がつながり、一枚に戻ると個別の線、色、表情と問いが残るところにある。

よくある質問

十二支の刻を用い、シカゴ美術館には十二件の別々の現物記録がある。ただし、歴史的な摺りの総数が十二枚という意味ではない。異なる所蔵先や摺りの状態まで全て調べ終えたという主張でもない。

いいえ。国立天文台の定時法による表 [3]では、子は真夜中を中心とする。シカゴ美術館の子図の英語題にある [12pm] は、この表と矛盾するため、本文ではそのまま時刻に採用しない。

元の現物は特定されていない。図柄を説明する画像として使用するが、シカゴ美術館の1925.3053や太田記念美術館の現物と同一視しない。

日常的に見える動作が描かれているが、販売用の木版画として構成された。実在の一人の女性の時間割や心情を直接記録したものではない。

読者との対話

十二支の札、人物の動き、各館の現物を比べてください。

鑑賞の手がかり

刻と時刻

不定時法の違いは、図の読み方にどう影響しますか。

人物の仕事

午図や未図で誰の動きに目が向きますか。

現物を比べる

異なる所蔵品の画像には何の情報が必要ですか。

感想を共有する

別の摺りや出版順の資料をご存じなら、出典とともに共有してください。

参考資料

  1. 国立国会図書館「時代の風雲児・蔦屋重三郎」。
  2. シカゴ美術館《卯ノ刻》ほか十二件の作品記録、同館API説明。
  3. 国立天文台暦計算室「十二支」。
  4. 太田記念美術館「蔦屋重三郎と版元列伝」出品目録。
  5. 大英博物館《午ノ刻》1935,1214,0.8。
  6. メトロポリタン美術館《丑ノ刻》JP977。
  7. アムステルダム国立美術館《未ノ刻》RP-P-1965-442。
  8. 太田記念美術館「花魁ファッション」。
  9. 国立国会図書館サーチ『A Courtesan's Day: Hour by Hour』書誌。
  10. University of Hawai‘i Press, Yoshiwara: The Glittering World of the Japanese Courtesan。
  11. 大英博物館《風俗美人時計》子図・亥図。
  12. スミソニアンPulverer Collection《青楼絵本年中行事》。
  13. 1925.3062
  14. 1925.3051
  15. 1925.3052
  16. 1925.3054
  17. 1925.3055
  18. 1925.3056
  19. 1925.3057
  20. 1925.3058
  21. 1925.3059
  22. 1925.3060
  23. 1925.3061